さあ4月に入った。長かった冬よさようなら−。随分、苦汁をなめさせた雪よさようなら−。そして花咲く春よコンニチワ。福寿草、水仙、カタクリ、ミズバショウ、サクラ、ウメ。ああ。いろんな草花が一斉に本当に一斉に今月は花を咲かせる。優しい春が来た。心躍る春が来た。花に思いを馳せながらチラリと目を窓へ転じたら外を歩く女性の足の美しさが目に付くようにもなった。春である。だれかが宴席で乾杯を求められ、「あいさつと女性のスカートは短いほどがいい。かんぱーい」と叫んで笑いを誘ったっけ。
縁あって、横浜の大病院の薬局から大曲市角間川町の小さな薬局の薬剤師として移り住み、「患者さんの顔を見ながら薬を調合し、健康を取り戻していく姿を自分の目で確認できる田舎にこそ薬剤師の生きがいを感じます」と語るのは畠中岳(たかし)さんである。その畠中さんから電話があった。「伊藤さん。体が空いてますか。良かったらいっぱいやりたいのですが」とお酒の誘いだった。喜んでお付き合いさせてもらった。畠中さんとの出会いは県南日々でも一度、紹介しているが2年前の6月だった。
当時で29歳だから、いまは31歳だろうか。とても礼儀正しく、初めて会った時から好印象を与える青年だった。取材を終えた後、「移り住んだばかりで知り合いもいないんです。お付き合い願えませんか」とそのまま飲みに出かけた。あれから2年近くの時間が流れた。なのに畠中さんは忘れずに電話をくれ、お酒のお誘いだった。「伊藤さん。今夜は店(薬局)が久々に早く引けそうなんです」。家に帰ってから鳴った携帯電話の向こうから、相変わらず礼儀正しい畠中さんの声が明るく流れた。もちろん、どんなことがあったってお付き合いしますよ。そんなわけで二人で出かけた。
一軒目。居酒屋。ここも久しくご無沙汰していた。女将さんが「本当に久しぶりね」と相変わらず色っぽい笑顔を見せた。「うちもこのごろ不景気でお客さんが少ないのよ。今度、電話でお誘いしてもいいかしら」。「おっ。嬉しいね。ママさんのお誘いならいつだってお付き合いします」。酒が入ると調子がいい。お喋りする口が勝手に回転する。畠中さんはニヤニヤしながらお酒をあおり、「伊藤さんの書く記事はいいんです。本当にいいんです」と後押しをする。女将さんも「そうなのよね。伊藤さんの記事には読ませるものがあるものね」とお褒めの言葉を下さった。危ない。危ない。そんな甘い褒め言葉を聞くとアバンチュールしたくて、心がグラグラと揺れる。
二軒目。クラブ「B」。「僕はあんまり夜の世界、歩いたことがなくて」と畠中さん。「なら、これから行くお店はどんな偉いお客さんが来ても畠中さんが恥をかくことなく接待できる店だから知っておいた方がいいですよ」。「あっ。そうですか。実は先日も大学の教授が来たとき、大曲はどんな店を案内したらいいのか分からず困ったことがありました」。「なら、任せて」と飛び込んだ。妖艶なママさんが素敵な笑顔で出迎えた。大きな瞳が輝く。弱いなー。こんな瞳には−。
「ねー。ママ。この人はね横浜の大病院で働いていた薬剤師さんなんだけど、田舎で直接、患者さんと接しながら病気回復のお手伝いしたいと移り住んだ人なんだ」。「あら、そーう」。ママさんのこぼれるような黒い瞳はより輝いた。「ああ。その目がいいんだよねー。その目でおれは、ねえ。畠中さん。 随分、苦しんだんだ。うんうんうめいたよ。恋の苦しみに。そんな時に飲む薬を調合してもらえないか」。「伊藤さん。お上手よね。いつも」。ママさんの冷たい手が伸び、そっとその指を握り返した。畠中さんはまじめそうな表情で「うーん。 恋に効く薬はないですからねー」とのたもうた。
そこまではいい。若くてすらりと足が伸びた美人さんが寄ってきた。「おー。美人さん。相変わらず美人さんだね」「伊藤さん。私は○○子と言う名前があるのよ」。美人さんは不満そうににらんだ。金輪際苦手なのである。名前を覚えるのが。
だから「美人さん」の名前で通らせてもらった。その美人さんに「本当に美人だ。君のような美人さんと連れ立って歩けたら最高だ。今度、歩こうよ。夜の街を」。口の回転が良くなった。
畠中さんは「伊藤さんは上手ですね。女の人との会話がとてもうまい」と言っては水割りを口に運んだ。「いやー。同業者同士で飲んでると仕事の話しばっかりで詰まらんですが、伊藤さんはいい。楽しくなる」。畠中さんの口調のボルテージも上がった。
大曲市の誘致企業の社長が隣り合わせとなった。畠中さんを紹介した。やおら立ち上がった畠中さんは背筋をピーンと伸ばして名刺入れをポケットから取り出し、「畠中です。どうぞよろしく」と頭を下げた。酔っていても年配者に敬意を表する姿勢、言葉づかいに変わりはなかった。
三軒目。畠中さんも知っていて、自分も数日前に寄ったスナックに飛び込んだ。ここには髪の長い「カミナガ美人」、そして美人さんとは言えないから「こけしのように可愛い」と褒め、「こけし美人」と名付けた女性がいる。美人さんでなく、足が長ければ「足長美人」、唇が可愛いければ「唇美人」、指が細ければ「指先美人」、声が良ければ「声良し美人」、顔色が白ければ「色白美人」。なんでも美人にしてしまうクセがある。カミナガ美人はヒトミ美人でもある。「伊藤さん。今夜はあのこけし美人休みなのよ」。「あっ。そう。でも君がいるじゃない。もう君さえいたら大満足。畠中さん。おれねこのヒトミ美人であり、カミナガ美人でもあるこの子のために、ある男に決闘を申し込んだことがあるんだ」。
話が物騒な方向へと転じた。畠中さんは目を白黒させながら「決闘ですか?」。カミナガ美人は「ウソウソウソ」とかぶりを振った。「ああ。決闘だよ。男が女に命をかけての決闘だよ。タカヤナギというスーパーに走って水鉄砲を買って、バンバン打ち合ったよ」。畠中さんは笑い転げた。カミナガ美人も可愛い笑顔を見せた。その笑顔がいいから、また誘った。「君のような娘さんと夜の街を歩きたい。男たちの羨望の眼差しをいっしんに受けて」。口説いた。カミナガ美人は「伊藤さん。私で何人目」と疑いの目を光らせた。「うん。何人目かな?。畠中さん。そう言えばさっきの店の美人さんにも声をかけたっけ」。「あっ。伊藤さんそうだった。誘ってました」。畠中さんも正直である。口説いた二人目からも見事にふられた。
「よし!。もう一軒、行こう」。ボルテージは高まった。だが畠中さんはさすがである。「伊藤さん。これ以上、お酒を飲んだら明日、患者さんに酒臭い息をかけてしまいます。それでは申し訳なくて」と二の足を踏んだ。そうだ。その通りだ。畠中さんの仕事を邪魔してはいけない。二人でタクシーに乗り込んだ。「伊藤さんはいい。女の子を楽しませ、楽しく飲める。いいなー」。畠中さんのお褒めの声を聞きながら、夢幻の気分で自宅の玄関のカギを開けた(らしいが)が、どうやって帰宅したのかは記憶にない。
飲んだ時は楽しい雰囲気でありたいと願い、席に付いてくれた女性の良さ、個性を見いだし、褒めることにしている。足長美人。手先美人。ヒトミ美人。カミナガ美人。声良し美人。色白美人。相手が喜び、こちらも楽しければいい。たわいもないことを書いてしまった。明日から県議選が始まる。選挙カーの賑わいが始まる。春の風に乗って。