・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第5回)=4月2日=
フリーランスライター
酒井隼男
4、証言台の青年(後編)
◇ ◇ ◇
この日の法廷を、Aの母親とおぼしき女性が傍聴していた。尋問の途中からハンカチを取り出し、その後は時おり目のあたりを拭いながら終始うつむいたまま息子の証言を耳にしていた姿が印象深い。息子の犯した重大な犯罪の一部始終を、この母親はきっといたたまれない気持ちで聞いていたのだろう。
Aの家族が被害者側と示談交渉を進めている事実が法廷で明らかにされた。具体的な金額も提示されているらしいが、相手側から拒否されているという。事実関係を大筋で認めているからには、弁護側にとって情状酌量を引き出す要件は、被告人本人がどれだけ反省の態度を示しているか、そして被害者と示談が済んでいるかという点に尽きる。しかし、裁判長は被告人の態度にやや疑問を覚えているかに見え、しかも示
談交渉は被害者側に拒否されている。被告人にとって依然として不利な状況は否めない。
開廷から1時間半が過ぎた。裁判官の尋問も終わり、次回の公判期日も決まってこの日の法廷も終わろうとしていた。「閉廷」が宣告され3人の裁判官が後ろの扉から姿を消すと、2人の検事も「職業シンボル」ともいえるふろしきに公判資料を包み込んでそそくさと退廷する。Aの母親も傍聴席の扉をあけて外に出ていった。証言を終えた後、刑務官に挟まれて座っていたAは起立を促され、すばやく腰縄と手錠をかけられる。十河が何か一言二言声をかけ、Aがうなずいたあと、刑務官に引っぱられるように法廷の外へと姿を消した。ロビーに出た十河たちは母親に声をかけ、別室に移っていった。控室にとぼとぼと向かう彼女の後ろ姿が、寂しげに見えた。
自ら犯した罪は自分にだけ返ってくるのではない。自分の家族、被害者、そしてその家族も巻き込んで拭いきれない「心の傷」を残すことになる。そしてAはこれから先も、その罪を一身に背負って人生を歩んでいかなければならないのだ。彼にあの時かけられた腰縄と手錠は、刑期を終えれば解き放たれる。だが、「心」にかけられた手錠は、さらに長く彼を縛りつけるに違いない・・・若い十河の脳裏には、あの弁護士法第1条「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」との一節が何度となく浮かんでは、消えた。
筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業のかたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記者。