【ルポルタージュ】

・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第10回)=5月7日=

フリーランスライター
酒井隼男
 

8、「1500人合格のインパクト」

 現在の制度で司法試験が始まったのは1949(昭和24)年にさかのぼる。当初は論文と口述試験しかなかったが、受験者数が増えるに伴い56(昭和31)年から短答式がとりいれられた。当初10年間は二百名台後半の合格者数で推移してきたが、58(昭和33)年から三百名台、62(昭和37)年からは五百名枠が設けられてしばらく維持されることになる。「第1次司法試験ブーム」は昭和40年代後半から50年代にかけて訪れ、出願者が一時、2万9千人を超えるところまで過熱した。それでも合格者数は500名前後と変わらず、合格率1.6%とまさに「最難関試験」の名をほしいままにした。その後2万2,3千名前後の出願者数で安定的に推移してきたが、合格枠が広がった93(平成5)年以降再び急上昇、今年度はついに3万名を突破し“第2次司法試験”ともいえる状況になってきている。七百名枠に広がった初年度の93年は合格率3.4%と昭和30年代の水準に戻り、「狭き門」も少しは広がったかに見える。

 今回の改革は、どうやら受験者と予備校に大きな意識、行動の変化を及ぼしているようだ。

      ◇        ◇         ◇

 大学生協東北事業連合が毎年2回発行している「スタディガイド」というパンフレットでは、司法試験向けの予備校を3つ紹介しており、入校、受講の斡旋を行っている。制度改正前の95年は111件の申込しかなかったのが、「制度改正元年」の96年208件、97年232件、そして今年は上半期だけですでに131件の受講申込があった(東北大学生協調べ)。これに模試だけの申込者も入れるとゆうに三百件以上にも上る。受講料も通年で通うと国立大授業料とさほど変わらないくらいだから、学生の親にとっては少なくない出費になる。同大生協文系書籍店の伊藤敏幸店長は、「確かに試験改革の影響が出て受講生が増加傾向にあります」と、司法試験が成長するビジネスになってきているという見方をしている。

 予備校側ではこの改正をどう見ているのだろうか。全国展開し仙台に教室を持つ業界大手のある予備校は1990(平成2)年に開校、現在100名ほどが在籍している。現役の学生や卒業してから司法試験浪人をしている元学生が圧倒的に多いが、中には主婦や中年の公務員もいるという。福島や盛岡、山形から通ってくる学生も少なくない。

 広瀬通りに面したビルの4階にある広さ20畳ばかりの教室では、受講生が教科書と六法を広げて予習をしている。女子受講生がボトル入りの烏龍茶を前において静かにテキストを読んでいる。3人がけの机が2列に9脚ずつ合計18並べられており、最大で54名まで受講可能だが、この日はの受講生は17名ほど。6時きっかりに講義が始まった。といっても仙台教室はナマの講義ではなく、ビデオ受講になる。係員
がデッキにテープをセットすると、すぐに中央に置かれたテレビ画面に若い講師が映し出される。東京の本校で行われた講義の模様が、ここ仙台ですぐ見られるようになっている。講師は全員が現役の弁護士だという。みな一斉に教科書を開いてノートを取り始め、中にはカセットテープを回している学生も見られる。ビデオが始まってもポツリポツリと人が入ってきて、結局21名が刑法の授業を“見た”。

 この日は刑法総論の中の“構成要件論”がテーマである。“どんな場合教唆犯になり、どんな場合が共同正犯となるのか”それぞれの場合を手際よく説明する。そして語呂合わせでの覚え方を伝授、答案の書き方のポイントを強調する。こういったところは大学入試予備校の教え方と大差はない。

 「わずかづつですが受講生は増えています。今度の改革で合格するチャンスが広がり、しかも2〜3年で受かりそうだという意識が働いているのだと思います。ウチとしても短期合格を目指す指導を強めています」とこの予備校の責任者は語っている。実際ここからは毎年複数名の合格者を出しているが、短期合格者の割合が多いと話す。

 ビジネスチャンスと捉えているのかどうか聞いてみたら「一般的にはそう見えるかもしれませんが、実際の場面で受験生側がどう動くのか、その時になってみなければわからない要素もあります。当面は現状の規模でいくつもりです」とやや消極的な答えが返ってきた。これには理由がある。仙台は首都圏ほど受験希望者が増えないだろうというのが最大の理由だ。実際仙台で法学部があるのは東北大と東北学院大だけで、
通学圏内の岩手大、山形大、福島大でも法学を教える学科はあるが、いずれも専門ではない。つまりマーケットがそれほど広がらないだろうという見方である。

 10月30日、98年度司法試験の最終合格者が発表された。この予備校からは過去最高タイの14名の合格者を出した。

筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業の
かたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記
者。

mailto:Akihiro.Sakai@ma6.seikyou.ne.jp