・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第11回)=5月14日=
フリーランスライター
酒井隼男
「受験マニュアル化」の功罪
受験予備校が一般的になるにつれて新たな問題も表面化している。「予備校に頼って合格しても法の系統的理解に劣り、知識の体系化や社会事象そのものの理解力が乏しい」、さらに「基礎的な教養の貧しさ、読書量の乏しさ、自発性の乏しさ、批判精神の希薄さ、創造性の弱さ、実証的精神・科学的精神の希薄さ、正解志向、マニュアル志向、私生活重視志向等等」がみられると厳しい指摘がなされているのだ。(日弁連発行「自由と正義」1998年1月号・塚原英治「法律家の要請と弁護士会の役割」)
東京の老舗予備校の看板講師・加藤晋介弁護士は、「最大の原因は受験勉強がチャート式になったから」という分析をしている。「昔は基本書を読み込んでから自分で問題を探して解答を書き、受験勉強仲間の答練会で腕を磨くなど、時間はかかったが系統的な知識を養うことができた。しかし今は予備校側が全てマニュアル化して、それを覚えるだけで合格できるようになっている。こういった問題にはこう答える、いわば『パブロフの犬』なのです」という。さらに「現実に発生する問題というのは、入試の穴埋め問題みたいに、あらかじめ解答が用意されているわけではない。プロの法律家に要求される能力は、まず何が問題なのか把握し、事実を見えない論理で結び付けていく作業をすることです。仕事の出発点になる問題把握力が、『チャート式』勉強ではなかなか育たない」と、基本書を中心にした学習方法を勧めているという。
自身司法試験に合格し、修習後教官への道に転身した小田中聰樹教授(前出)は、こう語る。「確かに受験生の“厚み”みたいな雰囲気はなくなっていると感じます。つまり少し前ならなんのために法律家になるのか、悩み議論しながら勉強を続けていた学生が多かった。今は『パンのために法曹になる』という、ドライな意識に変わってきているように見受けられます」と変化があることを認める。
筆者が実際に講義を体験した大手予備校でも、講師がよく「『デバイス』を見て下さい」と語りかけていたが、これが「解答マニュアル本」に当たる。つまり「デバイス」を丸ごと覚えることが合格の近道になるのだ。予備校のパンフレットを見ても「機械式合格術」「短期合格を目指す講義」「合格だけを考えろ」などといった唱い文句が踊っている。かくして『パブロフ法曹人』が量産されていく。
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では大学教育の現場はどうなっているのか。東北大学は伝統的に「研究第一主義」をかかげ、法学部においてもアカデミズムの強い授業が多い。それだけにレベルは高いとの評価が一般的なのだが、司法試験の合格者数は毎年10人から20人の間で、全国でもさほど目立った存在ではない。つまりアカデミズムと試験合格のための勉強とは次元を異にしているという“仮説”が成り立つ。
小田中教授は「大学は受験テクニックを教えるところではないですから、受験予備校みたいな講義をすべきでありませんし、東北大の教官もみんなそういう考え方でしょう」と司法試験を前提とした大学教育には否定的だ。そして「世間からみれば東北大くらいのレベルならもっと合格してもいいと思うかも知れませんし、私もそう思っています。つまり大学の授業をまじめに受けただけでは通らない、特別なテクニックを要求するような試験のあり方こそが問題なのです。特にパズルのようになっている短答式試験は直ちに廃止すべきでしょう」とアカデミズムと受験勉強は別物と見つつ、別な角度から司法試験のあり方に批判的だ。
一方法学部には「食法会」という受験生の勉強サークルがあり、結成以来26年間数多くの合格者を輩出してきた。十河も受験生時代に籍を置き、腕を磨いてきた経験がある。会員は現在11人、毎週日曜日に集まって論文問題の答練で切磋琢磨している。講師はその年の合格者があたることで伝統を引き継いできた。現役の修習生や大学の教官に依頼することもある。食法会には基礎力を重視する伝統があり、また難関を目指しているという「同志意識」が強い。そんな中で目指す法曹像が脈々と語られてきたことは想像に難くない。ただ最近は学生が予備校に流れているせいか、会員がなかなか増えないという悩みもあるようだ。
会の幹事を務める及川君(法学部卒業生)は、弁護士志望。今年までに4回受験した。「合格者が増えるといっても、まだ周りではそんなに目立った変化はありません。大学の授業と試験勉強とは確かに直接的な関係はないと思いますが、まあ実務上必要な知識を習得するには役立つでしょう」と、大学での授業と試験勉強との違いを認めつつ合格のためには割り切りも必要と思っているようだ。ただ「チャート式学習」には批判的で、「勉強がマニュアル化している人もいるかも知れませんが、基礎力がないと合格しないと思っています」と語っている。もう一人の幹事・佐藤君(法学部4年)も弁護士志望、筆者が取材した予備校にも通っている。「チャンスが広がっているので何とか合格したいですね。予備校は整理されて分かりやすい授業をしていると思っています。要は合格することが目的ですから、自分にとってためになる方法を選べばいいんじゃないですか」と、はっきり割り切った考えをしている。彼は来年上京して受験勉強に本腰を入れたいと思っている。
東北大の“古き良き伝統”は、「合理的学習法」に凌駕されてしまうのだろうか。
筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業の
かたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記
者。