人間はいかなることにも馴れる動物である−と定義付けたのは「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」などで知られるロシアの作家・ドストエフスキーである。彼は社会主義運動の弾圧を受けてシベリアへ送られ、悲惨な流刑囚としての体験から「人間とはいかなることにも馴れる動物である」ことを知った。慣れとは恐ろしいことでもあるとも言われる。2日から5日までの福岡、長崎、東京の旅だったが、旅立つ前に沸いた不安は慣れた土地から離れ、行く先々の土地や環境にうまく順応できるかという心配だったかもしれない。
その旅から帰って数日は疲れもあったせいか、仕事のペースが取り戻せず辛かった。しかし、ようやくいつものペースに戻って取材、記事の執筆にも慣れてきた。ドストエフスキーの悲惨な体験と旅先のホテルで過ごした快適な3日間とを比べることこそバカな話だが、旅から帰って家に落ち着いたらなぜか「人間はいかなることにも馴れる動物である」という言葉を思い出した。
さてそのドストエフスキーだが、彼は「死の家の記録」でこう記している。「黄昏(たそがれ)になると、私たちはみんな監房へ入れられて、ひと晩じゅうその中に閉じ込められるのであった。わたしはいつも外からこの監房へ入って行くのがつらかった。それは獣脂(あぶら)ロウソクにぼんやり照らされ、息のつまりそうな悪臭に満ち満ちた、天井の低い、細長い、むんむんするような部屋であった」と。彼はその辛い監房生活を10年間も耐えた。10年−。想像するだけでも息が詰まりそうになる。自分なら決して耐えられないと。
そんなことに思いを馳せ、そのいつもの生活ペースに戻った我が家に続けて2通の手紙が届いた。どちらも「秋田県南日々新聞」の宛て名だった。一通は名古屋市に本社を構え、東京に支店を置くインターネット関係の会社で、いわゆる“売り込み”だった。「秋田県南日々新聞 広報部 ホームページ御担当者様」とあるからつい笑ってしまった。たった一人で取り組んでいるこのインターネット新聞に広報部もあったもんでない。それにしても“有名”になったもんだ。いや郵便局が良くもまあ、間違いもせずにその郵便物を届けてくれるものだと感心した。
もう一通は東京の村田美穂さんからだった。村田さんはパントマイムの演技で全国行脚している女性である。昨年7月1日に大曲市の中央保育園で見事な演技を見せてくれたのが縁で知り合い、県南日々にも記事として紹介した。その後、村田さんからは2通、お礼の葉書と手紙が我が家に寄せられている。手紙は「県南日々新聞を見たようで、外務省から委託されて日本と日本人紹介のビデオを制作している会社から取材要請の電話がありました」との報告だった。その後、村田さんとその会社がどう接触したかは分からない。
そして今度は12日、再び村田さんからの手紙である。「半年ぶりに秋田に行きます。あいかわらず、大曲及びその近辺の反応は鈍く、苦戦しております。でも、どうしてもあきらめきれなくて・・・もう2回もこんな状態なのに・・・。どうぞお力をお貸し下さい」とあった。つまり村田さんはパントマイムの公演先探しで苦戦しているようだ。
新聞記者をやっているとなぜか様々な依頼や相談が飛び込んでくる。中には男女間の問題を持ち込まれ、手に負えないことだからと警察へ足を運んだこともある。相談ごとなんて逃げればいいのに、つい乗ってしまうから困った性格だ。それにしても公演先探しの依頼まで来るとは。村田さんのスケジュールによると6月20日から27日の予定で秋田入りし、大曲市仙北郡内を歩きたいようだ。だが、公演先が決まっているのは23日の大曲市四ツ屋保育園と25日の中仙町やりみない保育園だけ。公演では児童一人当たり300円の料金で引き受けているから、この2カ所だけでは秋田で暮らして行けるはずがない。
何とかしてあげたい。あのパントマイムなら、あの村田さんの全力投球の演技なら多くの児童に見せてあげたい。取り敢えず今日、大曲市の鎌田重光教育長に相談した。鎌田先生は市内の二つの幼稚園長を務めている。県南日々に昨年、掲載された記事のコピーを見せた。先生は「幼稚園の日程によりますが、当たってみましょう」と言ってくれた。後は返事待ちである。
再び、村田さんのスケジュール表に目を通した。6月5日は広島の「ディケア」とあるからお年寄りの施設でも公演を引き受けているようだ。なら大曲市の特別養護老人ホーム「欣寿園」をと、新聞のコピーと村田さんからの手紙、スケジュール表を手に訪ねた。二人の男性職員がコピーに目を通し、「民謡や手踊りよりも面白いかもしれませんね」と快く引き受け、日程調整を図ってくれた。とにかく老人ホームの方はうまく行った。村田さんの「お力をお貸し下さい」に多少ながら報いることができた。
それにしても人間とはいかなることにも馴れる動物である。村田さんの5月から6月のスケジュール表を見てみると、5月は東京から九州へ、四国へと飛び、広島と歩く。さらに6月に入っても広島から福岡と回り、東京の自宅にいるのは17日から19日までのたった2日間である。秋田公演を終えると青森、北海道と続く。年齢は昨年の取材時点で43歳だった。か細いあの体のどこにこんな“旅慣れ”と言うエネルギーが詰まっているのだろうか。「日本中の子どもたちに私の演技を観てもらいたい」と今日もどこかの空の下を旅している村田さん。その熱意に少しでも応えてあげたい。
村田さんの住所は東京都中野区中央3−12−14−105で、電話兼ファックスは03−3369−9137である。読者の中で関心のある方は連絡をどうぞ。そして昨年の記事を見たい方は県南日々の「過去の記事検索」に「パントマイム」と打ち込むだけで済みます。