【ルポルタージュ】

・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第12回)=5月21日=

フリーランスライター
酒井隼男

8、求刑
 「…よって懲役6年を求刑する」と、やや早口の検察官の声が法廷に響き渡る。その時、傍聴席にいた母は下を向いたまま、この厳しい求刑を耳にしていた。

 11月某日、仙台地裁308法廷。3件の強姦致傷罪に問われた青年Aに対する論告求刑公判が開かれた。求刑の前に一般情状の証人としてAの母親が出廷することになっている。この日は父親も同行していた。だが始まる時間になってもAはなかなか入廷してこなかった。10分ほど遅れて警務官に挟まれて入廷してきたAは、なぜか真っ白い顔をしてうつむいていた。書記官が何やら裁判長に報告している。手錠と腰
縄が解かれ証言台に立った被告人に裁判長が、「体調を崩したということだが座って聞くのなら大丈夫だね」と具合を尋ねる。聞き取れないくらい小さな声で「ハイ」と答えた青年は、程なく後ろの長椅子に崩れ落ちるように座った。心臓に病気を持っているAはこれまで長らく薬を服用し、一時は拘置所から病院に運ばれるほど病状が思わしくなかった。特にこの日は緊張も加わったせいか、ひどく具合が悪そうだった。

 まもなく母親が証言台に立ち尋問が始まった。この日主尋問に立ったのは、十河と共同で弁護活動を進めている若手弁護士である。彼はまずAの幼い頃の特徴や性格をたずねた。小学校のときは長距離で2位に入り、中学校でも陸上で県大会に出場したこともあったAは、彼女の証言によれば結構活発で素直な性格であったらしい。その彼がなぜ、このような犯行を犯すにいたったのか、ここではそこまで踏み込んだ尋問
は行われなかった。

 そして事件前後の状況に話しが及び、事件前にA宅で最初の被害者も含めて夜遅くまで大騒ぎし母親が注意をしていたこと、2,3日後に突然「被害者の関係者」を名乗る3人の男が自宅を訪問し事件があったことを知らされたいへん狼狽したこと、当初500万円という高額な示談金を提示されなかなか交渉が進まなかったこと、その後被害者になかなか接触できなくて苦労したが、3回目の交渉でようやく示談にこぎつけたいきさつを証言した。彼女もまた前回出廷した被害者の母親のように万感募る思いがあったのだろう、なかなか質問にストレートに答えず裁判長をいらつかせる。母親は最後に「私どもの監督不行き届きでこのような大きな事件を起こし、被害者、周りの方々に大きな迷惑をかけて申し訳なく思っている。今後は生活の細々とした点まで監視の目を行き届かせたい。社会復帰後は父親の仕事に就く予定でいる」と情状を訴えた。

 Aの具合は相当悪いのだろう、襲いくる吐き気と闘いながらビニール袋を握り締めてずっと下を向いたまま、母親の証言を聞いていた。

 検察が短い反対尋問をし母親が退廷すると、いよいよ論告求刑にはいった。論告はいつのときでも被告人を「邪悪な犯罪人」「うそつき」と決めつけてしまう「宣告文」である。「自己の性欲を満たすため相手を威圧し、だまし、時には暴力を用いて、このような凶悪な犯行にいたった。被告人は反省の態度もみられず、自己弁護に終始しその証言も信用できない。再び同様の犯罪を重ねる可能性も高く、矯正の見込みもない。被害者も強く厳罰を望んでいる。懲役6年を求刑する」と25分間に及ぶ論告をこうしめくくった。ここだけ聞けば、Aという人間はとんでもない色情魔で反省のかけらもない大悪党だと思い込んでしまうが、本当は何の変哲もない平凡な一青年だったにちがいない。ただある一時期、内に潜む情動を自制する能力を失い、許されざる行為に及んで、今ここで裁きにかけられているのである。予想よりも厳しい求刑と見たのだろうか、両親は終始下を向いたまま微動だにしない。

 そして弁護側の最終弁論も十河の同僚が立った。裁判の後半ではこの同僚が前面に立ち、十河がそれをフォローするという体制になっている。弁護側は1件目の強姦は認めるが致傷まではいたっていない、2件目、3件目の強姦は成立しないと主張、執行猶予の判決を求めた。Aは公判では一貫して、威圧・脅迫するような発言はしていない、2.3件目は合意があったと証言していたが、その内容に沿うものである。

 裁判長に最後に何か話しておくことがないかと促され、聞き取れないくらい弱々しい声で、「皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちでいっぱいです。今後意志を強く持って過ちを繰り返さないよう心がけます。どうもすみませんでした」とようやく絞り出すように発言し、全6回に及んだ公判を締めくくった。

 第2の「被害者」との示談交渉はまだ済んでおらず、何としても判決前にも決着をつけ、いくらかでも有利にしておかなければならない。そして判決が下った後も手を休めるわけにはいかない。判決に不服があれば控訴もありうるからだ。最終的な決着を見るまで、もしくは弁護人を解任されるまでは仕事を続けなければならない。十河はこの世界で働ける醍醐味を味わいながらも、人権を守る仕事の厳しさを感じずにはいられなかった。

筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業の
かたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記
者。

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