【ルポルタージュ】

・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第13回)=5月28日=

フリーランスライター
酒井隼男
 

9、激増する弁護士の憂うつ

 合格者一千人構想は実はまだ中間段階であり、最終的には一千五百人という数字が示されている。これは今年の合格予定者のほぼ2倍になり、実現すれば法曹人口は飛躍的に拡大することになる。ただこれだけ劇的な変化が起きると、当然のことながら弁護士のあり方や業務にも大きな変革を呼び起こすことになろう。

 弁護士の浜辺陽一郎氏は「弁護士という人びと」という著書で、“弁護士プロフェッション論”と“法務サービス業論”を紹介している。前者は弁護士法第1条に基づき法律専門家としての弁護士の公共的使命、社会的責任を強調する立場であり、後者は依頼者に専門的知識を背景としたサービスを提供する職業とする見方である。弁護士が比較的少数で職能集団として機能していた時代では前者の考え方はかなり根強かっ
たが、特に都市部において数量的ニーズが満たされるにつれて後者の考え方が強くなってきた、という。かくして弁護士の「ビジネス化」が進行することになる。

 浜辺氏はビジネス化先進国のアメリカの例を紹介している。まず第1に広告“宣伝”が解禁された。第2に企業が顧問関係の見直しを進め、結果として事務所が営業活動を行っている。第3に弁護士の専門化と分業化、さらに大規模組織化が進んだという。競争の激化は淘汰を生み、資格を持っていても能力や専門性が時代のニーズに合わなくなって失業している弁護士は多いという。果たして日本にもこんな“弁護士受難”の時代がやってくるのだろうか。

 もちろん生き残り策がいくつか提起されており、たとえば医者の診療科目が“小児科”、“内科”、“外科”といった分野に分かれているように、法律事務所もその得意分野、専門分野に特化するという方向が考えられる。十河のように医療分野のスペシャリストとなると一つの看板になるだろう。また企業法務、外国法務、保険、倒産実務といった分野でのスペシャリストのニーズは今後とも衰えることはないと見られる。ただ
し法律事務所の広告“宣伝”が厳しく規制されており、しかも“○○専門”といううたい文句は禁止されているので、今後改正が検討されるだろう。

 さらに、弁護士は法律事務所にいるという常識が通用しない時代もやってくる。アメリカでは当たり前になっている企業に属して法律実務を専門とする「弁護士社員」、あるいは身分は自治体公務員で法曹資格を持つ「弁護士公務員」などといった形で専門を生かす道も出てくるだろう。さらに予備校講師専門の弁護士、国会議員の立法担当政策秘書などといった業務につく例が生まれるかもしれない。

 そして今までのように数人の弁護士ですべての事件をこなしていた「よろず法律事務所」という形態は、生き残りが難しくなってくる。アメリカでは何十人と弁護士を集めて大々的に業務を展開する“ローファーム”が主流になっており、日本でも各専門のスペシャリストを10名以上集めての大規模事務所が各地で出現する可能性がある。今は禁止されている法律事務所の「出張所」が解禁されれば、弁護士空白地域を解
消することも期待できる。

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 一方で、限られたパイを増えた弁護士で食い合う時代がくる、とする見方もある。たとえばかつて「食い扶持」の一つだった交通事故処理は、現在業務が定型化されて保険会社の担当者でもできるようになり、こじれたものとか複雑な事件しか弁護士に依頼されないという。債権回収も弁護士の重要な収入源だったが、ここでも“パイ”は減少している。さらにこの大不況の追い討ちで、企業もなかなか仕事をくれない。いまや首都圏では供給が需要を上回る事態になっている。

 そんな状況の中で、金もうけ主義に走る弁護士が出てきても不思議ではない。昨年10月11日付毎日新聞では、東京の弁護士会が開いている多重債務に陥っている人たちの相談会で、「整理屋」と称される金融業者に、少なくない弁護士が関係していることが明らかになった、と報道されていた。記事によれば、“多重債務一本化します”といううたい文句で、債務者からさらに金を巻き上げようという違法すれすれの業者と
結託して手数料を稼いでいる「特定弁護士」と呼ばれる人々が、100人を越えているという。こうした倫理に反している弁護士は懲戒の対象となるが、そんな数も増えていくと予想される。

 「自由業ゆえに収入の不安がある」と、十河が心のうちを話してくれたことがある。特にイソ弁をしている若手から中堅の弁護士に、将来に対する不安が強まっているという。筆者の知り合いの中堅弁護士は「増員が)国民のためになるのであれば、そうなっても(収入が減っても)仕方がないことだと思う」と半ばあきらめ気味に語ってくれた。これからの弁護士にとって、イソ弁―独立―ボス弁という“出世街道”を歩むのは、なかなか厳しいといわざるを得ない。

 供給が需要を上回るにつれ、イソ弁先すらもなかなか見つからない修習修了者が確実に増えている。そして思わぬ問題が表面化する可能性も出てきた。「一見男女平等のように見える弁護士の世界でも、実は微妙な問題があるんです。これだけ人数が増えると、特に女性弁護士の行き先が厳しくなると思います。その理由は『世間の眼』にあると思いますがね」と、十河はそっと打ち明けてくれた。一般の依頼者は男性の、しかもベテラン弁護士を信頼しがちだという。十河のように若手男性弁護士はまだましだが、若手女性弁護士は敬遠される傾向が強いのだという。弁護士も買手市場になると、女性の就職難がはびこっている一般社会のように女性弁護士志望者がワリを食うはめになる可能性がある。「差別がないから弁護士を選んだ」という女性にとって、法曹の世界でも厳しい現実が待ち構えている。

 戦後のある一時期、不況の最中大卒者の就職先がなくて“大学は出たけれど”という流行り言葉があったが、“司法試験は通ったけれど”という弁護士過剰の時代がもうそこまでやってきている。

筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業の
かたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記
者。

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