・変わりゆく弁護士像ー法曹は庶民に近づくか(連載第14回)=6月4日=
フリーランスライター
酒井隼男
10、法律事務所は敷居が高いか
日本の法的な解決が要請される事件で弁護士に依頼される件数は欧米に比べて、その人口からいってきわめて少ないといわれている。元来争いごとを好まない国民性や、地域社会に紛争を解決する実力者が存在していたなどの理由があるが、その中に「市民と弁護士の距離が遠い」“敷居が高い”ということが挙げられる。その根拠の一つとして、弁護士が都市部に集中する「偏在」が挙げられよう。
「裁判所がある」“依頼人、企業が多い”、“交通に便利”など、弁護士が都市部に集中する理由ははっきりしている。仙台弁護士会所属の211人のほとんどが仙台圏に事務所を構えており、それ以外では裁判所のある石巻、古川、気仙沼にしかいない。白石や角田といった市部、そしてすべての郡部は「弁護士空白地」になっている。ただ裁判所がある登米、大河原では週一回仙台から弁護士が出張して法律相談活動がおこなわれているが、いかんせん地元密着とまではいかない。こういった密着度の弱さがそのまま司法と国民との間を遠ざけていた観はぬぐえないだろう。
だが地方都市といえども争いごとは日常的に発生しており、争いに発展しないまでも法律的な困りごとは日常茶飯事になっているはずだ。こんな時町医者ならぬ、町弁護士の登場となる。かつて過疎地帯に若手医師が送り出され国民医療の底上げが図られたように、若手弁護士が郡部で活動することで、“法的過疎”を解消することが期待される。そしてこういう希望を持つ弁護士に対して、補助する制度を創設することも
検討されるべきであろう。一方で生涯学習講座や学校、地域での講演会、勉強会の講師として、「敷居が高い」という市民意識を変えていく努力も必要になる。
敷居が高いと思われる要因の中で、“料金が分からない”というのがある。法律サービス業には『定価』がない。たとえば人に貸したお金を裁判で返してもらいたいのだけれど、定価がいくらなのか決めることは難しい。ケースによって全く異なるからだ。しかも日本人には伝統的に“形のないもの、サービスにお金は払いたくない”という意識があって、それも弁護士との距離を一層遠くしている。もちろん弁護士会が作成している報酬規定には、一定の基準が示されているし、当面資金がなくても“法律扶助制度”を利用すれば何とか依頼できるようにはなる。ただ基準は一般にはわからないものだし、だいたい困り事がある中で金の話というのは心理的抵抗を覚える向きも多いではないだろうか。
外国ではサービスが有料なのは当たり前だし、ましてや法律の実務経験を身につけるにはそれ相当の時間と労力が費やされていることは知っておいていいだろう。国民自身も法律家の仕事を理解し、正当に評価することが求められよう。
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十河は自分の目指す弁護士像を“町医者プラス専門医”と表現する。つまりちょっとした困りごと、トラブルといった市民の幅広いニーズに応えられるだけの見識を備えるとともに、医療過誤を一つのライフワークとして取り組んでいくという意味だ。そしてどうしても取り組んでみたいケースがある、と強い希望を持っている。続発する企業倒産に関わる実務がそれだ。なぜか。「そこにつながる債権者や労働者を抱え一つの企業が消える、という危機的な状況の中で緊張感あふれる仕事になるだろうから」。倒産事件は大きくなればなるほど複雑で膨大な利害関係を公平かつ迅速に処理していかなければならず、それだけに極度の緊張を強いられる。この「業界」に足を踏み入れてそろそろ面白味がわかってくる頃の彼にとっては、一つの大きな試練を自らに課したいという思いがあるのだろう。
高校時代に決意した道を極めようと、将来に対する希望と一抹の不安を抱きながら、十河は今日も法廷に向かう。(了)
筆者のプロフィール 1958年岩手県生まれ.40歳。1981年大学卒業後、大学生協職員。1995年家業を手伝うため岩手に戻る。家業の
かたわら、1996年から岩手の前沢町、衣川村を発行エリアとする「胆南新報」の記者。その後フリーランスライターを経て現在は業界紙の記
者。