こちら編集室「同級生の死」(7月9日)

  「同級生の鉄明が死んだよ」との電話が今朝(9日)、携帯にあった。交通事故だと言う。「まさか!」。そう叫んだのだが、電話の相手は「いや本当だ。田沢湖町で事故に遭ったらしい。いまそいつの家にいるんだ。遺体はまだ帰って来ないが、とにかくおれは今日一日、こいつの家にいるよ」。電話の相手はそう言ってぷつりと切った。

  急いで角館署に電話を入れた。「死亡事故ですか、ありました。読み上げますか」。「お願いします」とは言ったが手が震えた。間違いない。同級生が死んだんだ。電話に出た次長は「発生日時は9日午前3時。場所は田沢湖町小松。小松は小さいに松の木のマツです。字二枚橋。数字の2に一枚二枚のマイ。それにブリッジの橋」。事故報告書を読み上げる次長は淡々とした調子だ。ノートにメモを取るこちらはそれでもまだ半信半疑だった。「次に被疑者は福島県郡山市・・・。運転手○○○○。33歳。車は普通トラック」。「被害者は大曲市藤木字乙板杭・・・。フジは藤の花のフジに木材のキ。いいですか。乙。オツは甲乙のオツ。次は板杭。イタは木材のイタ。クイは出る杭のクイ。名前は佐藤鉄明。テツは鉄板のテツに明るい」。

  その名前を確認したときに「ああ。やはり本当だったんだ。なぜ。なんで」と頭の中がクラクラし、激しく胸が動悸した。「もしもし。聞いてますか・・・」。不審に思ったのか相手の声がしわがれた。「ああ。ハイハイ。佐藤鉄明ですね」。「そう。年齢は51歳。ええ。事故後、角館町の公立病院に運ばれましたが、午前3時39分、脳ざ傷で死亡。被疑者を午前3時半、業務上過失致傷で逮捕です。しかし、9分後、(???)死亡したため、過失致死に切り替え」。やはり動揺していたのだろう。ここで自分は加害者となった運転手も逮捕してから間もなく死亡してしまったのかと聞き間違えてしまった。

  「詳細な事故原因はまだ取り調べ中。被疑者の運転手がかなりのスピードで緩いカーブを曲がろうとしたら、向かってきた被害者のトラックを発見、急ブレーキをかけたが尻を振って横滑りしたまま縁石に衝突。そこへ被害者の車が衝突したもよう。以上です」。

  全身を耳にして同級生の死亡事故の読み上げを聞き、メモに走り書きした。そして非情だが、原稿だけはとにかく書かなければとパソコンに向かった。しかし、被疑者を現場で業務上過失傷害で逮捕したのに、その9分後には被疑者も死亡するなんてどっか変だ。そう思い直し、再び角館署へ電話を入れた。次長は「なに!。被疑者はピンピンしてるよ。おいおい。何を聞いてるんだ」とあきれたような声で怒鳴った。「済みません。実は亡くなった佐藤さん。自分の同級生なんです」。「ああ。そうか。あんたのね。それは気の毒しましたね」。

  警察もそしてまた記者も常に人の死とは背中合わせのような仕事に携わっている。だから事故で人が亡くなってもそんなに気持ちが高ぶることはないが、やはり同級生の死はこたえた。人間ってこんなにも簡単に死んでしまうのか。佐藤鉄明君。小学校から中学校を共にし、高校までも一緒だった。卒業してからはお互い音信はぷつりと切れたが、42歳の厄年の“ぼんでん上げ”で世話役として鉄明君は活躍した。以来、この10年間、何度も開いた同級会の中心人物だった。同級生名簿をまとめあげ、会を開くとその名簿に目をやりながら「だれそれは東京でああだこうだ」と情報を話して聞かせた。

  まん丸い顔に精悍な目があった。正義感が強く、政治も好きで国政選挙や県会議員選挙などでは自民党の集会には必ずといって顔を出していた。「おれか魚屋をやっているよ」。42の厄年の時は冷凍車に魚を積んで、行商をやっていると話していたが、最近は自営業では食って行けないと、六郷町の水産卸し会社に勤務しているとも聞いていた。早朝、岩手県や宮城県に魚を仕入れに行って来るのが仕事だとも聞いていた。息子さんも立派に成人し、昨年秋には豪邸を建てて得意そうな笑顔を見せていた。その鉄明君があっけなく死んだ。死とはかくも軽いものだったろうか。

  これまでの警察取材で多くの人の死を報じてきたが、同級生や身近な人の名を書いたことはなかった。ほとんどが見知らぬ人の名だった。しかし、紙面にその名を掲載するときは失礼にならないよう名前の間違いには細心の注意を払ってきた。「えーと。死亡した被害者は佐藤鉄明。鉄板の鉄に明るいのアキラ」。角館署次長の事故報告書の読み上げに「やはり鉄明か」と愕然とした。そしてなぜか鉄明君の酒を飲んだ時の明るい笑顔が目に浮かんできた。

  「逝(い)くものは斯(か)くの如しか。行く川の流れのように」。作家・井上靖は晩年の小説「孔子」で弟子の死をこう言って嘆かせた。人の死の軽さ。鉄明君。早かったよ。まだ、まだ生きて欲しかった。もっともっと生きて欲しかった。君がいないとこれからの同級会はどうなるんだ。悲しいよ。君は悲しい思い出を我々に残して去ってしまったね。逝くものは斯くの如しか。行く川の流れのようにと・・・。