お盆休みに入ったせいか、市役所はこのごろがらんとしている。各課を回っても空席が目立つのだ。そういえば明日はお盆の13日だ。記者も明日ぐらいは休みたいと記者室の机の上にある書類の整理に取りかかった。それにしても書くというのを職業としているものはまさに紙くずとの格闘でもある。整理しても整理しても後から後から新しい資料が増えてきて、机の上は紙の山、紙の海となってしまうのである。
9月には市長選が控えており、その関係書類も机の上にはたまる一方だ。捨てられたらいいのだが、想像力を駆使して文を書く作家とは違い、こちらは資料がないと何一つ書けない。とにかくいらないものは捨てようと、机の下にある段ボール箱をひっくり返していたら、とんでもないものが出てきた。亡くなられた昭和天皇が国民に呼びかけた「終戦勅語」のコピーと、神風特別攻撃隊の創始者として知られる大西滝治郎中将がレイテ戦のおりに「特攻隊員」に与えた訓示のコピーである。なぜこんなものが?と手にしてしばらく考えたら、思い出した。大曲市史の編さんに取りかかっていた元市職員で、郷土史研究家の方から大分前に貰った記憶がある。それにしても8月15日の終戦記念日直前にこのような資料が見つかるなんて、偶然の一致にしても不思議だ。
終戦勅語は「朕(ちん)深く世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以(もっ)テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲(ここ)ニ忠良なる爾(なんじ)臣民ニ告ク」に始まる。漢文調で、しかも目にしたこともない漢字があちこちにあり、解読に苦しむが、戦争を終決させ、何とか日本民族を滅亡から救おうとする天皇の苦衷が勅語からは伝わってくる。
天皇は「帝国国民の康寧(こうねい=やすらかさ)を図り、萬邦共栄の楽偕(らっかい=多くの民とともに楽しむ)を望んだ。また米英との宣戦も、帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき=こいねがう)したものだが、他国の主権を排し、領土を侵すが如きは朕の志ではなかった」とも訴える。そして交戦となって4年になる。その間、「わが陸海将兵は良く戦い、百僚(ひゃくりょう=もろもろの司・官)も良く自分に尽くし、一億の衆庶(しゅうしょ=もろもろの民)も良く奉公をしてくれたが、戦局は必ずしも好転せず、世界の大勢は我に利あらず。かの敵は新たに残虐な爆弾で無辜(むこ)の民を殺傷し、惨害を及ぼす状態となっている」と嘆かれる。
このためこのまま戦争を続けるとなれば、我が民族の滅亡を招くばかりか、人類の文明をさえも破却してしまう。それでは私が何をもって皇祖皇宗の神霊に謝ることができようかと悲嘆する。さらに「帝国臣民として戦陣で死に、職域を尽くして殉死し、あるいは非命に倒れた者及びその家族に思いを致せば朕の深く軫念(しんねん=天子が心を痛める)するところだ」と思いやる。
そして戦後、ラジオや映画、テレビで良く聞いた昭和天皇のあの肉声である「今後帝国の受くべき苦難はもとより尋常にあらず。なんじ臣民の衷情も朕、善(よ)くこれを知る。しかれども朕は時運の趨(おもむく)所、堪え難きを堪え、忍び難きを忍び以(もっ)て萬世の為に太平を開かんとほっす」が目に入る。
広島、長崎への原子爆弾の投下によって一瞬にして多くの国民が亡くなった。その悲惨な報は天皇の耳にも届いたのだろう。「新たに残虐なる爆弾を使用して無辜の民を殺傷し、惨害は推し量ることもできない」と天皇は哀訴された。
それにしても名文である。そして名筆でもある。コピーを手にしばし我を忘れて目を通してしまった。そして大西滝治郎中将の訓示を目にした。
「日本はまことに危機である。しかし、この危機を救いえるのは、大臣でも軍令部総長でもない。もちろん自分のような長官でもない。それは、諸子のごとき純真にして気力に満ちた若い人々のみである。したがって自分は一億国民に代わってみんなにお願いする。どうか成功を祈る。みんなはすでに神である。神であるから欲望はないであろうが、もしあるとすれば、それは自分の体当たりが無駄でなかったかどうかそれを知りたいことであろう。しかし、みんなは永い眠りにつくのであるから残念ながら知ることもできないし、知らせることもできない。だが自分はこれを見届けて必ず上聞に達するからそこは安心して行ってくれ。しっかり頼む」。
たったこれだけの言葉を受けてあの当時の若者たちは戦闘機に爆弾を着け、敵戦艦を目指して散って行った。「みんなはすでに神である。神であるから欲望はないであろうが」。死に行く若者に向かって「神である」と褒めたたえたこの言葉の身勝手さに体が震える。戦争とは無残なものだ。戦争とは悲惨なものだ。自分は戦争というものを知らない世代に生まれたが、もしも自分にも行けと命じられたら行けただろうか。自信はない。全くない。
昭和天皇の終戦勅語と特攻隊の創始者・大西中将の訓示。突然と目にしたコピーに深く考えさせられた午後となった。もうすぐ終戦記念日だ。私たちは間違ってもあの暗い戦前の世代に戻ってはならない。8月15日。この日は心から黙祷を捧げよう。そうでなければ国のため死んでいった多くの将兵に申し訳ない。空襲によって意味も分からず死んでいった多くの国民に申し訳ない。あなたたちの余りに大きい犠牲によって今日の日本は築かれた。平和を愛したい。いつまでも。