大曲の花火は明日28日に迫った。なのに空は今にも泣きだしそうな、どんよりと曇ったままである。しかも天気予報では明日の雨の降る確立はどんどん高くなるばかり。市役所では全職員が総掛かりで交通整理や駐車場の案内の準備、そして電話応対に努めているが、気になるのはやはり明日の天気らしく、気象台に問い合わせたり、インターネットを使って明日の天気を確認してはますます高まってくる「雨」の予報に顔を曇らせている。市役所商工観光課に入った情報によると、秋田の気象台ではなく、仙台の気象台が明日の大曲の花火の天気の問い合わせで電話がパニック状態になっているという。それほど県外の人たちが「大曲の花火」に期待しているのかと思うと、本当に気の毒だ。
市の職員の中には「いや。予報は雨でも明日は絶対に晴れにします」と神がかり的な言葉を発する人もいる。何とかその職員の言うように明日は晴れてもらいたいものだ。欲は望まない。青空でなくてもいい。せめて雨だけは避けてもらいたい。そう願うのだが、皮肉なことに天気図を見ると雨雲がどんどん秋田に向かってくる。なんと言うことだ。
こうしてブツブツとお天気に不平を言いながら過ごした27日の午前中だった。そして半ばあきらめながら市役所の食堂で昼食を摂った。ラーメンをすすりながら太宰治の随想集「もの思う葦」に目を通した。太宰にこんなにも激しく人を罵(ののし)るエネルギーがあったのかと驚く一面がある。「暗夜行路」の作家・志賀直哉に対しての抗議集である。「如是我聞(にょぜがもん)」。 太宰は冒頭でこう書く。「他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ。でも、撃つには先ず、敵の神を発見しなければならぬ。ひとは、自分の真の神をよく隠す」と。そして太宰は志賀直哉に対してまさに宣戦を布告する。「一群の『老大家』というものがある。私は、その者たちの一人とも面接の機会を得たことがない。私は、その者たちの自信の強さにあきれている。彼らの、その確信は、どこから出ているのだろう。所謂、彼らの神は何だろう。私は、やっとこの頃それを知った。家庭である。家庭のエゴイズムである。それが結局の祈りである。私は、あの者たちに、あざむかれたと思っている。ゲスな言い方をするけれど、妻子が可愛いだけじゃねえか」と。
太宰をこれほど怒らせたのは志賀直哉が雑誌の座談会で口を滑らした「太宰評」が切っ掛けだった。「太宰君の『犯人』とかいうのを読んだけれども、実につまらないと思ったね。あれはひどいな。あれは初めから落ちが判っているんだ。こちらが知っていることを作家が知らないと思って、一生懸命書いている」。さらに「太宰君の『斜陽』なんていうのも読んだけど、閉口したな」とも語ったと言う。
太宰の「斜陽」は自分も好きな小説だっただけに、なぜ志賀直哉がこれに対して「閉口」しなければならなかったのかは自分でも腹が立った。「斜陽」で魅せられたのは、会話の美しさであり、「かず子」のラブレターの哀切さだった。太宰が「かず子」に成りきって書いた文体の美しさと悲しさだった。
「私はもうあなたとの結婚は出来ないものとあきらめています。あなたの奥さまを押しのけるなど、それはあさましい暴力みたいで、私はいやなんです。私は、おメカケ(この言葉、言いたくなくて、たまらないのですけど、でも、愛人、と言ってみたところで、俗に言えば、おメカケに違いないのですから、はっきり言うわ)それだって、かまわないんです。(中略)問題は、あなたのお返事だけです。私を、すきなのか、きらいなのか、それとも、なんともないのか、そのお返事、とてもおそろしいのだけれど、でも、伺わなければなりません。こないだの手紙にも、私、押しかけ愛人、と書き、また、この手紙にも、中年の女の押しかけ、などと書きましたが、いまよく考えてみましたら、あなたからのお返事が無ければ、私、押しかけようにも、何も、手がかりが無く、ひとりでぼんやり痩せて行くだけでしょう。(略)私は、あなたの赤ちゃんを生みたいのです。他のひとの赤ちゃんは、どんな事があっても、生みたくないんです」。かず子に成り代わって書いた太宰のこのラブレターには当時、参った。
太宰は志賀に訴える。「もう少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬならば、だまっていろ。むやみに座談会なんかに出て、恥をさらすな。無学なくせに、カンだの何だの頼りにもクソにもならないものだけに、すがって、十年一日の如く、ひとの陰口をきいて、笑って、いい気になっているようなやつらは、私のほうでも『閉口』である。(略)殆ど悪人である」。太宰のこの怒りの爆発はどうであろう。大家に向かってのこのケンカ。この批判。すかっとした。
それにしても好きだった。「斜陽」の一節である。
外は深夜の気配だった。風はいくぶんおさまり、空にいっぱい星が光っていた。私たちは、ならんで歩きながら、
「私、ざこ寝でも何でも、出来ますのに」
上原さんは、眠そうな声で
「うん」
とだけ言った。
「二人っきりに、なりたかったのでしょう。そうでしょう」
私がそう言って笑ったら、上原さんは、
「これだから、いやさ」
と口をまげて、にが笑いなさった。私は自分がとても可愛がられている事を、身にしみて意識した。
かず子のこの言葉にも参った。「二人っきりに、なりたかったのでしょう。そうでしょう」。母性を込めたこの言葉の優しさ、可愛いさに当時は参った。上原の「死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものではなくて、悲しいんだ」。このアフォリズムを尽くした言葉が好きだった。いのちの黄昏。芸術の黄昏。人類の黄昏。こんな言葉がポンポンと飛び出す「斜陽」が好きだった。
「恋」。かもしれない。小説の中の女性への恋。なら許してくれるだろう。破滅。家庭を破滅させるような恋はむごい。明日は「大曲の花火」。昨年は写真を撮っている側に神奈川県から来たというご婦人がいた。撮っているうちに、その婦人との会話が弾んだ。「こんなに素敵な花火を観たのは初めてです」。ご婦人は美しい目を輝かせた。そして「今夜は初めてお会いした方なのに、ずーっと前から知っているような親しみが沸いて来ました。ありがとうございました」と温かい手を差し出され、ドキドキしながらその手を握りしめた。恋に似た切なさがあの時、刹那に走った。
この項はここでピリオドを打ちたい。そして花火を期待している読者に伝えたい。午後4時。あんなに曇っていた大曲の空に青空が広がりだした。明日の雨の予報が変わるかもしれない。写真は明日の青空を期待して「青空と白い雲」を使った。