こちら編集室「無収入から収入へ」(9月3日)

  収入を目指した新聞だったのに出費ばかりが重なる「秋田  県南日々新聞」だったが、7月に入ってからは経済的にも多少、ゆとりのある新聞となった。新しい広告が掲載され、さらには「おばこネット」のホームページの「表紙写真」の更新と言う仕事が入ったからである。

  初めての収入は、大曲駅の「観光情報センター」に置かれたプラズマを使っての観光案内に「ケンニチ」のニュースが使われ出した97年7月だった。念願は実際の紙面にバーナー広告を掲載したいと言うことだったが、インターネットを通じて知り合った角館町の大沢医院の先生から昨年秋に「伊藤さん。広告が掲載されない新聞は社会的に認められないと言うことになるから、私のホームページを使って広告にしなさいよ」とご好意で言われ、やっと夢がかなった。

  そして今年になって大曲駅のプラズマを管理すると同時にインターネットのプロバイダーでもある大曲市の誘致企業「松戸市コンピューターサービス」から、「おばこネットの表紙の写真の更新をお願いできないか」と言われ、それを引き受けて新しい収入が加わった。さらに出羽鶴・刈穂などの酒造メーカーである「秋田清酒株式会社」から「県南日々を使うとうちのお酒を全国に、いや世界にも名前を広げられる」と嬉しい話が飛び込み、7月から待望の二つ目のバーナー広告が掲載された。

  過去に何度か書いたが、この新聞を立ち上げた目的は地元ニュースの配信はもちろんだが、その配信を通じていくらかでも収入につなげ、生活の足しにしたかった。妻の働きのおかげでたまにはゴルフをやり、国産車よりも高い車に乗るなど多少の贅沢はさせてもらっているが、やはり自分の生活は自分の稼ぎでまかないたかった。そのために若いころは写真撮影でアルバイトし、さらには秋田市に本社を置く月刊誌の原稿を書いて不足分を補った。

  パソコンを購入し、インターネットに加入したのが切っ掛けで、ホームページを持ったら印刷経費もかからない新聞を発行できることにと気付き、パソコン音痴の記者が「たざわこ芸術村」内にあるコンピューター室「デジタル・アート・ファクトリー」の長瀬一男さん、海賀孝明さんの所へ通い、紙面の更新の仕方を勉強し、念願のインターネット「新聞」を立ち上げたのが96年12月だった。

  新聞でどのような形で収入を得るか。長瀬さん、海賀さんと当時、いろいろ話し合ったが、結局はインターネットで購読料を貰うのは無理だとあきらめた。長瀬さんは「伊藤さん。インターネットの新聞を発行するというのは日本で初めてかもしれません。とにかくスタートさせましょう。スタートさせて、アクセス数が多くなったらきっと企業広告が飛びつくはずだから」と励まされ、孤独なスタートを切った。寂しい預金の中からお金を下ろし、デジタルカメラを買い、紙面のデザイン料を支払ったら通帳は空っぽだった。

  それでも嬉しかった。何よりもだれの縛りも受けず、自由に記事を書けるのが嬉しかった。アクセス数が次第に伸び、大阪や愛知県、横浜、北海道と全国から次々と励ましのメールが飛び込み、さらに世界にも「県南日々」の名が広がったのは収入を得るよりも嬉しかった。やがてアメリカの岩間郁夫さん、今は横浜に在住しているが十文字町出身で当時、シンガポールに住んでいた柳千賀子さんといった海外からの執筆協力者まで現われ、紙面は次第に国際化した。さらには県職員で現在、北京に滞在している土門啓介さん、大曲市出身でロスアンジェルス在住のリー・敦子さんといった執筆協力者も現われた。

  昨年までは収入と言っても交際費、取材費、交通費に回すと出費の方が多かったが、7月からはどうにかこうにかゆとり持てるようになった。そんなことからいつかは恩返ししたいと思っていた長瀬さん、海賀さんを田沢湖町に訪ね、温泉「ゆぽぽ」に一泊して飲み会を開いた。「長瀬さん、海賀さんのおかげでケンニチも多少ながらお金を稼げる新聞になりました」。ビールを傾け、お酒をあおり、しゃぶしゃぶ鍋を囲んだ。長瀬さん、海賀さんは「伊藤さんの努力が実ったのです」と喜び、「頑張りましたよね」と励ましてくれた。海賀さんは「伊藤さんはいつか、インターネットでの成功者としてあちこちから講演の口がかかるかもしれないよ」と冗談を飛ばした。

  まあ。そんな講演は別として、「この新聞の後を追いたい。どうやって製作しているのか」と県外から問い合わせのメールも来るようになった。さらには音楽会やお祭りのPRを依頼するメールが県内外から来たり、直接、ポスターを持って記事依頼の飛び込みも来るようになった。経済的に苦しい中で取材し、記事を書き続け、紙面を更新してきた努力が日増しに実って来ているのがこのごろ実感する。

  8月にはマレーシアから日本に移って来た柳千賀子さんと昨年秋に続いて2度目の出会いとなりゴルフを楽しんだ。そして北京からは土門さんが訪ねて来られ、初めての出会いを楽しんだ。10月には待望の岩間さんが秋田を訪ねたいと言って来ている。岩間さんは静岡県出身。秋田には一度も足を運んだこともないまま、アメリカへ移り住み永住権を獲得した方だ。その岩間さんが、大曲市にやって来るという。インターネット新聞は思わぬ方向で友を生み、友情を育ててくれた。

  秋田市の高杉静子さん、焼津市の長谷川雅美さん。この二人とは昨年、大曲市で出会い、一緒にお酒を飲んだ。お二人ともケンニチの大ファンだと言ってくれた。ことしの5月にはこちらから焼津市の長谷川さんを訪ねて出会いを楽しんだ。今、何よりの楽しみは岩間さんと初めて会えるということである。岩間さんはこのケンニチにとって大恩人とも言える。「アメリカ暮らし」をテーマにもう65回にわたってアメリカの生活を書きつづっている。その岩間さんがはるばるサンノゼ市から大曲へと訪ねてくるという。

  今から楽しみでならない。岩間さんを大曲市内のどんなお店へ案内し、お酒を飲もうかと嬉しい悩みを抱えている。無収入だったケンニチが、広告収入をあげ、寒風にさらされていた財布の中を温めるようになった。市内にしか知り合いのいなかった地方紙の記者が、全国にさらには世界にまで人的財産を広げた。インターネットの世界は恐いという人もいる。しかし、「秋田  県南日々新聞」はこれまで一度も不快な思いはしたことはない。出会う人、出会う人、みんな優しく、人間的な魅力に包まれている。今後もこれからもそうした人たちとの出会いを楽しみたい。