こちら編集室「衝動買い」(9月10日)

  「衝動買い」という言葉があるが、子どもがいないせいか我が家では「良く買えたもんだ」と後で考えるとびっくりするような買い物を過去に何度かしている。会津塗りのテーブルがそうだし、中央の画壇で活躍している画家が描いた風景画もそうだった。玄関に飾っているブロンズ像もそうだし、車もその一つに入る。何といっても最高の買い物は「家」だった。しかもこれさえもまさに「衝動買い」だった。

  10数年前だった。市役所に勤務している友人がある晩、ひょっこりと2人の客を連れて我が家を訪ねて来たのである。「飲みに出たついでに寄らせてもらったよ」とその友人は言った。こちらも酔っていたのでこれ幸いにと「さあ。上がって上がって。オイ。ビールだ。ビールを出せよ」と大声で妻に号令をかけ、終わりかけた晩酌を宴会へと切り替えた。

  友人はともかく二人の男性は「こんな夜に押しかけて申し訳ねえんし」と縮こまる。「そんな遠慮なんて。まあ飲んで。グイッとやって」と小犬が来客を見て喜ぶようにこちらは酒の相手の来訪を手をたたいて喜んだ。名刺を手渡されて分かったのだが、住宅会社の社長と設計士だった。友人は「今、我が家を改築中だがこんなに気持ちの大きい社長はいないよ」と上機嫌。30歳代で住宅建設会社を興し、請負額が安いことから人気を呼び「新築するなら伊藤住宅だよ」と友人は豪語した。

  安いと言ううわさは前から話には聞いていたので、「ああ。あなたがあのうわさの人ですか」と興味を持った。でっぷりと太った腹、大きな顔に人の良さそうなまんまるい目が乗っている。胴間声なのにかしこまった姿が愛嬌があって親しみと安心感を持たせる。

  家の改築なんてそれまで考えたこともなかったが伊藤さんが手がけたこれまでの住宅造りや友人の話の面白さに引き込まれ「ウンウン」と返事をしているうちに「なら我が家もお願いしようか」と言ってしまった。妻も「そうね。伊藤さんにやってもらいましょうか」と簡単に同調した。予算が一体、どのくらいかかるのか、いやお金が果たしてあるのかどうかさえ分からないのにこの調子である。

  驚いたのが友人と伊藤さんであり、設計士だった。「ちょっと待ってくれよ。おい。犬ネコを買うんじゃないぜ。家を買うという話だよ」。「ええ。だから伊藤さんに家を造ってもらいます」。妻はあっさりしたもんだ。腹が大きいと評判の伊藤さんもあっけに取られたような顔をして、「こんなお客さんは初めてだ。セールスも何もしないうちに話が決まるなんて」と笑った。「よし。やらせてもらいましょう」とポンとお腹を叩いた。友人も「おれだって家を建てるまでには何年も何年もかけて計画してやっと話を持っていったというのに。この人たちはこれだから驚く」と口をポカンと開けたままだった。伊藤社長と設計士は酒を飲むのもほどほどに立ち上がり、懐中電灯を手に我が家の敷地の大きさを計り始めた。

  まだ雪が残る3月ごろだった。それから話しはとんとん拍子に進み、伊藤住宅が最近建てたばかりだという家をあちこちと見学に歩き、いよいよ設計に入り6月に着工、9月には待望の我が家が誕生した。平屋建ての50坪にも満たない小さな家だったが、12畳の居間と台所はカウンターで仕切り、その隣の客間は10畳間で、ふすまをオープンにすると台所を加えて20畳間の空間となり、その解放感に満ちた部屋は今も気に入っている。

  この請負を切っ掛けに大曲市四ツ屋の伊藤住宅さんとは今でも親類兄弟以上のお付き合いをさせてもらっている。少しこの会社をPRしたい。この不況時でさえも伊藤住宅さんへの改築、新築の注文は途切れることはない。なぜか。それはどこよりも安く、しかも豪華な家を建て「お客さんから喜んでもらえるのが私の趣味」と言うからだ。推測だが、おそらく今の相場が坪単価が50万円と言えば伊藤住宅は30万円から35万円で仕上げてしまうだろう。

  我が家でもそうだった。10数年前で坪単価の平均は35万円と言われた。設計は設計士に依頼して、とにかく家の中に入れたいものは何でも望んだ。車庫には当時はまだ贅沢品と言われた電動シャッターを望んだ。図面が完成した時、設計士は「伊藤さん。これじゃあ。設計から見積もっても40万円は超えるよ」と心配された。図面を受け取った住宅の社長はそれからしばらくして見積もりが終ったと我が家を訪ねて来た。坪単価は25万円を切っていた。

  なぜこんなに!と首を傾げたが、その秘訣が分かった。木材は自分の会社で製材し、台所セットも照明設備、収納壁などはすべてメーカー品を取り寄せているのだが、伊藤さんはメーカーから取り寄せた卸値をそのままお客さんに還付するという方法を取っていた。普通ならお客さんには卸値ではなく市価のまま下ろし、住宅会社はその中間マージンである程度の利益を上げるはずなのに伊藤さんは「うちではメーカーがこの値段で卸してきたらそのままお客さんに還元することにしてます」と涼しそうに笑った。

  伊藤住宅と付き合っていつも感心するのは常に新しい製品、新しい技術を次々に取り寄せている点だ。住宅設備も日進月歩で発展している。伊藤さんは常にそうした情報を取り寄せ、いいものなら何でも吸収し、お客さんに還元するという。あの当時は家具、電化製品までは扱ってはいなかったが今では家具から寝具などベッドの果てからテレビ、冷暖房など新築した際に必要なありとあらゆる品物を一気に手に入るように各メーカーと契約し、相変わらず卸値のままお客さんに還付しているという。「私か。私は住宅造りは趣味みたいなもんですから。奥さん方が喜ぶ姿を見ているとそれが一番の幸せです」。伊藤さんの口癖は今も変わってない。福々しい笑顔も。

  その伊藤住宅から「東京に行って古代エジプト展を観に行かないか」と誘いがあったのは8月だった。「家の家内と伊藤さん夫婦で行ってみましょう。帰りはどっかの温泉に泊まってユックリしたいし」と。二つ返事で応じた。5日朝一番の新幹線に乗って久しぶりの上野を歩いた。東京都美術館はエジプト展の観客でいっぱいだった。紀元前3200年から3000年もの長い間続いたエジプトの悠久な歴史。人の死は来世への移行の過程にすぎず、神による審判を終えた魂は、復活して永遠に生きると信じられたという。その魂の復活後の肉体を保存するためにミイラ作りが発展したというが、包帯に巻かれたミイラの姿を見た時は正直言ってゾッとした。

  それにしても伊藤さん夫婦と東京を歩いているとなぜか遠足気分のようだった。不思議な心の大きさを感じさせる。吸い込まれそうな大きさだ。どこへ行っても「伊藤さん。伊藤さん」と声をかけ、「お腹は減ってませんか。ビールでも飲みましょうか」と配慮する。新幹線に乗れば乗ったで車内売り子が来るたびに「喉は渇いてないか」と心配し、退屈ならと新聞を買って手渡す。そのうえ驚いたのが予約していたという福島県郡山市熱海温泉のホテルの豪華さ。「熱海温泉で一番、豪華なホテルを注文しましたから」とタクシーの中で話していたが、着いてみて驚くばかりの施設と部屋の豪華さだった。

  湯につかり、ビール、酒を手にし本当にくつろげた夜を過ごせた。忙中閑ありとは言うが、いつも仕事で飛び回っている伊藤さん夫妻が、我が家のために用意してくれたとてもぜいたくな旅と宿となった。家というものの「衝動買い」のおかげで伊藤住宅夫妻と知り合いになり、このようなお付き合いまでしてもらうとは。幸せとは人と人との交流からこそ生まれるものだと思った。すっかりお世話にいや、迷惑をかけてしまった東京への旅であり温泉宿泊だった。あんなことがあっていいのかと今もあの日が夢のようによみがえる。伊藤さんへのお礼はこんな形で返すしかない。こちら編集室という場を借り切って「伊藤住宅」をPRする場とした。写真はホテル「華の湯」の部屋から眺めた思い出の山である。