東京でサラリーマンをしながら作詞家としても活躍されている大曲市花館出身の小山正志さんからとても嬉しいお手紙とCDが送られてきた。作詞家としてのペンネームは「ビーンズ豆田」で、この「秋田県南日々新聞」を発行する大分前にNHKの「みんなの歌」に小山さんの作詞した歌が取り上げられ、全国に流れたことから小山さんを取材し、そのCDを何度か紹介したことがある。
その小山さんから手紙とCDを頂いたのだ。市会議員をされている父の誠治さんを通じて、手紙の内容を紹介しても構わないかと承諾をお願いした。「息子も喜んでましたよ。自分の手紙がケンニチで紹介されるなんて」と誠治さんから承諾の電話を頂いた。手紙は北風が吹きつける夕方、小犬の散歩を終えて玄関に入ろうとしたらバイクで駆けつけた郵便屋さんが「はい。小包です」と手渡されたその中に入ってあった。
「拝啓 関東地方にも木枯らし一番が吹き、ようやく11月らしい厳しい寒さになりました。そんな日の夜、『けんにち』にアクセスして、心がぽかぽか、キューンと胸のどこかが音をたてるような、素敵なエッセイを読ませて頂きました」と前文があった。
そして「『別れても好きな人』から『別れても素敵な人』に。きっと、ずいぶん時間と、心の旅がお有りになったことでしょうね。でも、とても、うらやましいようなお話しでした。最終的に、ヒューマンなお付き合いができる人とどれくらい巡り逢えるかで、人生の充実感が違ってくると僕は思ってます。だから、うらやましいなぁ。僕も、人といい付き合いができるように『人間と男を磨かなきゃなぁ』と、つくづく思った次第です」。
ここまで手紙を読み進めたらこちらこそ胸がジーンとなった。小山さんもインターネットに加入し、ケンニチの読者になっていると言うことは父の誠治さんからこれまで何度か聞かされて知っていた。「伊藤さん。息子の所へ行ってきたら正志が直ぐにパソコンのスイッチを入れて、伊藤さんの新聞につないで『ほら。こんな大曲市のニュースが載ってるよ』と見せてくれたんですよ。いやー。東京にいても大曲市のニュースが簡単に手にすることが出来る。インターネットはいいもんですね」と市役所で会ってはお父さんは柔和な顔をほころばせて報告に来たものだった。
そんなことから小山さんの存在感は心のすみのどこかにはあったが、その正志さんからの直接のお手紙である。何よりも嬉しいと思ったのは、私たち新聞記者も「言葉」と言うか「活字」で飯を食っている商売だが、歌の歌詞を作るという人たちはそれこそ私たち以上に「言葉」を大切にしなければいけない人たちだ。その作詞家からお褒めの言葉を頂いたのだから何よりも嬉しかった。それにしてもさすが作詞家である。「心がぽかぽか、キューンと胸のどこかが音をたてるような」や「きっと、ずいぶん時間と、心の旅が」と言った表現。言葉を大切にしている方でないと出て来ない柔らかな文体にさすがだなと思った。
手紙は続く。「年数を経た、男女の奥深い感情を表現できないか。そんな思いと、今の時代リストラやいろんな厳しい状況が続く中で、ひょっとしたら女性の方が強いんじゃないかっていう気持ちで、以前『ササラ』というラブソングを作詞しました。『別れても好きな人』を読ませて頂いてなんだかママさんと伊藤さんに、この歌を聴いて頂けたらなぁ、と思いました。そして、いつかお会いして、お話しを伺わせてもらえたらなぁと。それくらい、いいご関係な気がして」。
添付されてきたCDは折笠愛さんの「Truth(トウルース)=パイオニア=」だった。いわゆるポップス系の歌だ。折笠さんの目を閉じた、絹のような美しい表情の写真が表紙を飾り、「Air」「One Mor Kiss」「待宵」「Ta・bi・ji」「物語の跡」「月と太陽」、そして小山さんの作詞でお勧めの「ササラ」があり、「夢でもいいから」「あきらめないで」「flower」の10曲が入っていた。作詞家の名前を吟味してみると「ササラ」以外に「待宵」も小山さんの作品だった。
車のCDボックスに早速、そのCDを流し込み歌を聴いた。透明感の高いとてもきれいな曲が流れ出した。正直言ってポップス系の歌はもう乗れない年代だが、とにかく小山さんが折角、自分とママさんのために「聴いてもらいたいなぁ」と送ってくれた手紙とCDである。手で触れるだけでもこわれそうな折笠さんの、天使のような清楚で美しい写真を見つめ、歌を聴いた。
「ササラ」
吹きつける風 途切れる会話 顔をふさいであなたについていく 少し歩けば海が近いと 言い出したのは また あなただった
二人の心が通えば 遮(さえぎ)る砂嵐も すぐ止むでしょう きっと
ササラ ササラ 歌う砂模様 風が作る波紋が ササラ ササラ ササラ 何度も 心揺らす
足をとられて 砂丘の中で 溜め息ついた 「引き返しましょう」
行き着く先見失って プライド ここに捨てに 二人で来たのでしょう
ササラ ササラ 踊る砂模様 風が変わる速さで ササラ ササラ ササラ こだわり 消してみたい
ササラ ササラ 歌う砂模様 風に身を預けたら ササラ ササラ ササラ すべてを 受け止めたい
ササラ ササラ 踊る砂模様 風に揺れる心を ササラ ササラ ササラ 何度も揺さぶってく ササラ ササラ ササラ ササラ ササラ ササラ
この二人はどんな恋の関係だったろうか。歌を聴きながら空を見上げた。遠い国の砂丘を思い浮かべた。吹きつける風。途切れる会話。「少し歩けば海が近いと言い出したのはまた あなただった」。砂浜を歩く男と女の姿が浮かび上がった。会話もなく黙って歩く男と女。「海が近いと言い出したのはまた あなただった」。女の切なさがこの「また あなただった」にすべて込められているようで胸が締めつけられた。
話すべき言葉も浮かばず「溜め息」をついた男の苦悩。その溜め息に「もう引き返しましょう」と促す女。「行き着く先を見失って プライドを捨てに二人で来たのに」「風が変わる速さでこだわりを消してみたい」。いや「風に身を預けて すべてを受け止めたい」。女心は揺れる。砂丘を歩く男と女は、風に踊る砂模様を見つめながらどんな結論を見いだしたのだろうか。小山さんも悲しくも、美しい男と女を描くようになったんだと歌を聴きながら嬉しくなってしまった。
それにしても歌の歌詞と言うものは微妙だ。文章は前後のつながりがないと意味不明となるが、歌詞と言うものはその言葉のつながりというものを全く省略しても、どこかで漠然とした意味がつながる。「ササラ」の中の男と女。小山さんは結論付けてはいないが、「あなたのすべてを受け止めたいが、プライドも捨てきれず、過去のこだわりも捨てきれないあなた。この海を見ながら歩いたら、きっと心が通うと思ったのにあなたは溜め息ばかり。この砂丘に残した足跡が風でササラと消えるように私もあなたのもとから消えたい。いいえ。消えるのです」。そんな女の強さと悲しさをどこかに感じさせる。
「あなた変わりはないですか」と歌ったのは都はるみの「北の宿から」だった。「日毎寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます 女ごころの未練でしょう」と歌った。捨てられた男のためのセーターを編んでいる女性を歌ったものだが、現実にこのような女性をこの世に求めたって無理なのに男はどこかでこのような優しさと悲しさを求めるから甘い。それこそ小山さんが書くように「今の時代リストラやいろんな厳しい状況が続く中で、ひょっとしたら女性の方が強いんじゃないかっていう気持ちで『ササラ』というラブソングを作詞しました」。小山さんこそ時代を見据えている。そう思った。
それにしても男と女。小山さんは書く。作詞した「待宵」の一節も紹介したい。
外したドアチェーンが あの人から 突然届いた花束 小さな文字で『逢いたい』 照れてる顔が浮かんだ
香りはラベンダー オイルの滴が 部屋中落ち着かせてくれたけど それも束の間で 心は散らかる 謝る言葉見つからないままチャイムが鳴る
意地っ張りなのも 逢いたいのも あの人はわかってくれる 素直じゃないと思うけど きれいなバラには刺があるでしょう
そうその刺があるから女はこわい。でもその刺があるから女は魅力だ。さあ。また刺を求めて夜の街をさまようか。小山さんはまたにくい歌を送ってくれたものだ。(この項は金曜日の今日26日午後から書くつもりでしたが、欠かせない取材が入ったため25日午後に書きおいたものです。小山さん。ありがとう)