出張で東京へ行っていた妻が「おみやげはこれよ」と手渡したのは画家「ルノワール」の本だった。アンヌ・ディステル著、高階秀爾監修の「ルノワール 生命の讃歌」(創元社)だった。「うちわを持つ女」「ピアノの前の少女たち」「年若い浴女」など美しい少女や婦人象など多くの傑作を世に送り出したルノワール。その彼が死の数時間前に言い残した言葉がいい。「花を描きたいから筆とパレットを持ってきてくれ」と彼は看護人に頼み、それらを返す時に彼は「ようやく何かがわかりかけてきたような気がする」とつぶやいたと言う。ルノワールでさえ絵の本質の何かがつかめないまま晩年を迎え、死の数時間前に「ようやく何かがわかりかけてきたような気がする」とつぶやいたところに人間のすごさを感じた。生涯を絵を描くことに集中し、最後の最後まで「絵とは何か」と理想を追い求めたルノワールの芸術への執着心の強さに感動した。
その妻が再び東京へと出張に出掛けた11月30日の朝、車庫の中にいる柴犬の「アキ」が何かを訴えるような悲しげな鳴き声をあげた。妻を見送った後、アキに何があったのかとシャッターを開けたら、ハウスの中にいるべきはずのアキが外へ出て倒れていた。苦しそうな息づかい。両手両足を空を描くようにバタバタさせて痙攣(けいれん)していた。「アキ。どうした」と驚いて体を抱いたが犬独特の熱い体温がまったくなく、冷たい体となっていた。急いで温風ヒーターの前に抱きかかえてタオルで体を温めたが、痙攣は止まらず意識も朦朧となるばかりだった。
電話に飛びつき、アキの主治医を呼び出した。「アキの家族の伊藤です。先生。アキが大変なんです」「アキちゃんどうされました?」。「全身が痙攣し、体温が全くなくなってます。すぐに診てくれませんでしょうか」。診療開始前の時間だったが大曲動物病院の先生は「分かりました。直ぐに病院の方に行きますから連れてきて下さい」と診察を引き受けた。車にアキを乗せて病院までの6キロの道のりを急いだ。アキはその間も苦しそうな鳴き声をあげ、ハァハァと息づかいを荒くしていた。「アキ。ガンバレよ。すぐだからな」。ハンドルを握りながらアキに呼びかけては病院に向かった。
病院では直ぐに温風ヒーターの前に犬用のヒーターを敷き、アキを寝かせて全身をタオルで包み体を温める処置に取りかかった。検査用の血液を採取し、心音を聞いた。「ああ。かなり心臓が弱ってますね。持つかなー」と先生は困惑の表情を浮かべた。「とにかく点滴をして血圧を高める薬を打ちましょう。後は酸素を与え、体が温まるのを待ちましょう」と暖房のスイッチを高めた。アキは意識も絶え絶えとなった。「アキ。アキ。ガンバレよ」。膝を下ろしてアキに呼びかけているうち涙が落ちた。もう11年の付き合いだ。11歳となると人間で言えば70歳、80歳の年齢だという。もうそんな年になってしまったのか。
東京へ向かっている妻へは携帯電話で知らせた。妻も涙声となって「なんとかアキを助けてやって。頼むよ。頼むよ」と何度も叫んだ。携帯のため電話が話の途中で切れた。今度は妻からこちらの携帯に掛かってきて「夕べ冷えたからそれでアキ、急激に体が弱ったのね。かわいそうなことをしてしまって。アキの床暖房のスイッチを入れておけば良かったのに。気がつかなかった私たちが悪かったのね」と涙声で叫んだ。
アキが我が家に来たのは11年前の秋だった。取材で知り合った柴犬の研究家から「小犬が生まれたんだ。伊藤さん。飼ってくれないか」と頼まれ、まるでクマさんの縫いぐるみのような可愛い小犬を見ているうちにどうしようもなく欲しくなってしまい、妻の承諾を得ないまま家に連れてきた。夕方、職場に妻を迎えに行ったら「ちょっと買い物したいものがあるからデパートに連れていって」というのを「いや。いま家に大事なお客が居るから今日はこのまま帰ってくれないか」と説得してそのまま帰宅した。玄関を開けても客の姿が見えないのに不審に思った妻は「お客さんてだれ?」とただした。「そこにいるよ」と風呂場の脱衣室を指さした。
人の気配を感じた小犬のアキは「キャンキャン」と鳴き出した。脱衣室を開けた妻はその犬を目にして「なーにこれ」と驚き、抱き上げた。抱き上げながら「もー。買ってきたの」「そうなんだよ。『何とか飼ってくれないか』と頼まれてしまってね」と言い訳をした。「そう。飼ってもいいけど、犬の食事も散歩もみんなあなた一人でやるんでしょ。私は一切、構わないからね」。そう宣言した。それから半時もしないうちに妻はよちよちと付いて歩く小犬の可愛さにほだされ「よしよし。ご飯か。ご飯上げるね」と腹を空かし、夕食を待ち焦がれるこちらの方は放っておいて、アキの食事の準備に取りかかり、ミルクを与えたいから「買ってきて」と命令し出した。アキが我が家の一員となった瞬間だった。
以来、柴犬展があればアキを抱いては若美町へと走り、田沢湖町へと走った。展覧会では結局、いい賞はもらえなかったが妻も私も「賞なんていいんだ。うちのアキが最高だもん」と二人でアキを抱き合ってはアキと共にいる時間を楽しんだ。アキを連れて象潟町への一泊旅行もした。阿仁町の温泉にも旅をした。ホテルにアキを連れ込むわけにはいかず、アキだけは車の中で過ごした。アキはそれでもじっと我慢し、翌朝、迎えに来るのを待っていた。朝になって私たちがホテルから出た姿を見つけるとしっぽがち千切れんばかりに振って「ワンワン」と喜んだ。「アキ。ゴメンね。待たせて」。妻の声は弾んだ。アキと共に走るドライブはいつも笑い声が絶えない楽しい時間だった。
二人きりの生活だったせいか、人との触れ合いの機会が少なく育ったアキは人間不信となったのか、それとも警戒心の強い犬だったのか、あるいは私たちを守りたい一心だったのかよその人の姿を見かけると良く吠えた。日中、だれも居ないことから家に帰るとアキを庭のハウスから出して家の中に入れて過ごさせた。アキはその若いエネルギーを発散して居間の中を無我夢中で走った。飛び回った。とても敏捷な犬だった。「アキー」。台所で食事の準備に取りかかった妻はアキを呼んでは包丁で刻んだキャベツを与え、アキと共に過ごすのを楽しんだ。
その敏捷だったアキもこのごろは散歩さえ嫌がり、ウンチとおしっこを済ますと直ぐに家に帰りたがるようになった。目も悪くなったのか歩いていて片足を側溝に落とすといったミスも見せるようになった。それでも食欲はあり、車の音に気付くと「ワンワン」と大声で私たちを迎え、しっぽを大きく振って喜んでいた。アキが倒れる前の夜。アキは歩くのがとてもおっくうそうだった。ヨタヨタとした足の運びだった。もっとその時に注意していたら苦しませなくても済んだったのかもしれない。
病院で治療を受けたアキは入院と決まり、病室に入れられた。意識を失いそのまま眠ってしまった。アキの実家に電話を入れて「アキが病気になって入院させました。心臓が大分、悪くなっているそうです」と知らせた。アキの実家は柴犬の繁殖を専門としている。それだけに犬の1頭1頭の病気や死にこだわるわけにいかないかもしれないが、「そうか。アキは何歳になったっけ」「11歳です」「伊藤さん。気持ちは分かるが、そんな年になった犬にあんまり治療費をかけてもねー」とばかりの口調に悲しみが沸いた。
取材先から病院に電話を入れた。看護婦さんが電話に出て「先生が心配していたおしっこをさっき出しましたよ。ウンチもモリモリとだして。先生はおしっこを出したから回復に向かうだろうと言ってました」と安心させた。原稿を仕上げ、午後から再び病院に駆けつけた。先生は「ああ。伊藤さん。アキちゃん、おしっこを出したからもう大丈夫です」と回復を宣言した。眠っていたアキはこちらの呼びかけに気付いてか目を開けた。うつろな目だった。まだ立つ力もないのにアキは点滴の管を足に付けたまま何とか立ち上がろうと4つ足を踏ん張った。そしてゴロリとその場に転倒した。「アキ。大丈夫だよ。休んでナ」。アキは悲しげな目でこちらを見つめた。夕方、再び病院に顔を出した。アキはまたも立ち上がろうともがいた。そしてゴロリと転倒した。「アキ。休んでナ」。再び同じ言葉を言い残して病院を出た。
そして翌朝。病院に駆けつけるとアキは病室を出て院内を歩き回っていた。「アキ。もう歩けるのか!」。こちらはアキを抱きしめて喜んだ。見事な回復振りだった。先生も先生の奥さまも「アキちゃん良かったねー」と喜んだ。先生には「夕方まで預かってもらいたい」とお願いして平常の仕事へと向かった。携帯電話がなった。妻からだった。「アキはどうした」。「もう心配ない。病院を喜んで歩いていたよ」。「本当。ああ良かった。気になって気になって、仕事も手につかないくらいだったの」。妻の声も弾んだ。
アキの治療費は2万円を超えた。そして先生は「アキちゃんのお食事だけど、これからはこの缶詰にしてもらえないか」と食事療法を告げた。その缶詰はスウェーデン製のものだった。「老犬専用」に栄養バランスを整えたものだという。先生の話を聞いていて吹き出してしまった。「伊藤さん。缶詰一個の値段、タバコ一箱分なんです」。先生がさも気の毒そうな目で料金を告げたからだった。「それを朝夕2回、食べさせて下さい」。朝夕2回。頭の中の古くなったコンピューターが回転した。「一日2個だから、エーと2個だから500円。エーッ。一カ月だと1万5000円。うーん」とうなってしまった。でもいいか。それでアキが元気になってくれるんだったら。そう言い聞かせた。
それにしてもドッグフードもドクターがお勧めのいいものとなるとすべてが外国製である。アキの缶詰はスウェーデン製であり、パピヨンのフードはアメリカ製。アキの主治医は「国産も種類はあるけど、本当に動物の健康を考えた食べ物は少ないのです。やはり動物を大事にする国は食べ物の面でも研究が進んでます」と語った。考えさせられた一面である。
アキは1晩の入院で無事、退院した。家に帰ったらアキは安心したのか直ぐに自分のハウスに向かってドスンと音を立てて寝ころんだ。もう冷え込ませまいと床暖房のスイッチを入れた。再び妻から電話があった。治療費のこと、アキの缶詰のことを報告した。「妻はお金なんていくら掛かっても働けば何とかなるから。助かって良かった」。妻も喜んだ。
元気を取り戻したアキだが、相変わらず散歩はおしっことウンチをするだけでいそいそと家に帰るだけの生活だ。そのアキが一度だけ自分たちに寂しそうな目を向けたことがある。小犬のパピヨンこと「パピー」が家に来た時だった。玄関で鉢合わせさせたら「何者だ」とばかりにパピーを見つめ、こちらをにらんだ。「アキ。弟のパピーだよ」と説得したが、後は無関心を装いむしゃむしゃと食事をした。病気から回復はしたものの、未だにパピーには無関心を装っている。それでもいい。アキ。いつまでもいつまでも長生きしろよ。そんなことを祈って師走を迎えた。