先週のこちら編集室「心弱る時」を読んだと言う読者からメールを頂いた。女の子からだった。「私にも個人的に辛いことがありましたが、伊藤さんの『こちら編集室』を読んでいたら心励まされ、これからも笑顔を大切にお客さまと接する勇気が沸いてきました」とあった。どんな辛いことがあったのかは想像もつかないが、自分の文章が読み手の心を和ませ、「心の薬」になったのかと思うと嬉しい。そしてそのような若い人まで「こちら編集室」に目を通して下さっているのかと思うと感動も大きかった。その日一日中、「とてもいいことをしたんだ」とポカポカと心温まった。
それならまじめになってその娘さんにメールを書いたらいいのにオジサンという年代はどうもいけない。「こんな感動的なメールを頂いてどうもありがとう。もしも直接、このような温かい言葉をかけられていたなら、こちらは前後不覚なほど感動してあなたの温かいお手てを握りしめていたかもしれません」。そんな文面へと指先が勝手に動いてしまい、そのままメールボタンを押してしまった。後の祭である。
読んだ相手の女の子はどう思ったろうか。少し心配になったが、まあオジサン族特有の嫌らしさと思って許してもらいたい。それにしてもこの頃は「セクハラ」という言葉がどこの職場へ言っても使われ、女性と接する時はどういう態度を取ったらいいのか悩む時がある。ましてやこちらも気持ちが乗れば軽口が滑る方だ。先日も記者室に気を許せる女の子が訪ねてきて、「伊藤さん。○○課はどこでしょう」と書類を手に入ってきた。「ああ。その課なら」と案内し、迎えた課長さんにその子の袖を軽くつかんで「生物ですのでお早めにお上がり下さい」と言ってしまった。女の子は「えー。なまものー」と嬌声を挙げたが別に怒った顔ではない。ところが真面目一方の課長は困ったような笑顔で「伊藤さん。セクハラですよ」とのたもうた。女の子はそんな自分をカバーしようとしたのか「えー。これでセクハラですかー」と語尾を伸ばして高らかに笑った。
いつも行く警察署でも「事務の女の子に『お茶をくれ』とこれからは言っていいのかどうか。そこまで我々、男性が遠慮したら人間関係がギスギスしてしまわないだろうか」とぼやかれた。その通りだと思う。別に使っている女の子を「お茶汲み」要員として採用したわけではないだろうが、相手がそう主張するならそれはそれで素直に認めればいいし、職場の「和」として進んでお茶を差し出したいというのならその好意を喜んで受け入れたらいい。
それにしても腹立たしいのは大阪の横山ノック知事の態度である。選挙運動期間中に選挙カーに乗り合わせた女子大生にわいせつな行為をしたとして訴えられ、名誉棄損と慰謝料など1100万円の損害賠償を命じられた。女子大生から訴えられたのに本人は「公務に専念するため、一切答弁しない」と裁判所には出廷しなかった。そして1100万円の賠償金支払いである。
記者会見ではその女子大生を「真っ赤なうそ」「でっちあげ」とののしり、「身の潔白は刑事手続きで明らかになる」と逃げ回った。こんな破廉恥な男が知事として大阪府民に君臨していること事態が異常であり、大阪府民としても恥ずかしい限りだろう。民事裁判とは言え「原告を著しく愚弄(ぐろう)した」と裁判長は厳しく弾劾した。正義を通した大阪地裁の判決に拍手を送りたい。いまその大阪府では横山知事の辞職を求める声が高まっているという。当然だろう。このような破廉恥な知事が居すわっている限り、府民の恥ずかしさは癒(い)えまい。
大阪と言えば江戸時代、大塩平八郎大坂町奉行を生み出した所だ。大塩は天保7年(1837)に関西地方で発生した大凶作で、飢餓に苦しむ市井の人々が市中にあふれたためこれを救いたいと幕府に嘆願した。しかし、幕府はその窮民救済の願いを無視した。幕府には武士を統括するという“政治”は在っても飢えた人々を救済すると言う“政治”はなかったのである。大塩を心から「偉い」と尊敬したのはその行動である。自分の持っている書籍、家財道具一切を売り果たし、その代金で米を買い、飢えた人々を救おうとした。しかし、たった一人の力では限界があった。救おうにも救おうにも飢えた人々はまちにあふれたのである。
大塩を偉いと思いながらも悲しいのはその後の暴挙である。天保8年2月。大塩は兵を挙げた。庶民が飢えで苦しんでいるというのに救いの手さえ差し出そうとしない冷酷な幕府を倒そうとしたのである。全く勝算のない反乱を起こしたのである。無謀な革命に走ったのである。まだ権力絶大な幕府は象がアリを踏みつぶすような勢いで大塩を倒した。大塩は捕手に包囲され自害した。そしてこの大塩の無謀な反乱で大阪市中は1万8000戸が灰塵となったとも記録されている。悲惨な最後だったが、高校時代、この大塩の反乱を教科書で知った時、えも言われぬ興奮を覚えた記憶がある。こんな「男」こそ「男の中の男」として心の中に刻まれた。
大阪はそんな大塩を生み出した地である。その地から今度は横山ノックという女子大生いじめの知事が誕生した。まるで悪代官が宿泊先の娘を呼んで慰み物としたようなものである。「なぜ抵抗しなかったのか」と書いた週刊誌を目にしたことがある。確かに普通の常識ならそれも考えられるが、相手は絶対の権力者である。新聞報道された訴状の一節には「原告は言い知れぬ恐怖を覚え、下手に抵抗すれば何をされるか分からないと感じて、反撃することなど到底できず、目に涙を浮かべ震えていた」とあった。まさに現代の悪代官である。
大塩平八郎と横山ノック。いずれも大阪府の歴史に残ることだろうが余りにも落差が大きい。今日は取材の予定がないと思っていたら、会社から「秋田ふれあい信用金庫と角館信用金庫が合併の合意に達し、午後3時から協定書を締結することになったようだ。取材に行って欲しい」と携帯電話がなった。年の瀬。何が起きるか分からない。メールを下さった女の子、いや多くの読者の方々に少しばかりの「心の薬」になればと大急ぎで「こちら編集室」に取りかかったが心は千々に乱れるばかりだ。「行かなくちゃ」と時計をにらみっこしながら指先を走らせている。