こちら編集室「無事是貴人」(12月24日)

  単純な事だが仕事を終え、妻を職場に迎えに走り、夕食を話題に買い物に付き合い、自宅に入ってからは四つ足の娘「アキ」を外へ連れ出して散歩に付き合う。そして台所に立つ妻の姿をしりめに風呂に浸かり、寝巻に着替え、冷蔵庫からビールを持ち出して食卓に座った瞬間が最高の至福を感じる。「ああ。今日も無事に終った」と。平凡で単純な毎日なのである。しかし、この平凡で単純な毎日こそ幸せなことではないだろうか。家庭内で揉め事があったり、仕事上に悩みを抱えていたり、交友関係がもつれたり、とにかく心配事を抱えていてはいくらビールや酒を飲んでもおいしさは感じられない。

  取材を通じ、事件や事故に巻き込まれ、一瞬にして家庭の平和が崩れるのを見てきただけに平凡で単純な生活にこそ幸せを強く感じるのである。今年も酒を飲んでは暴れる息子の暴力に堪え兼ねて、その息子を殺し自分も死のうとした父親の家庭や、逆に母親に暴力を振るう父の姿に堪えられず、父親を殺してしまった家庭の崩壊などを見てきた。また交際を迫る男性から逃れようとした女性が実家に身を隠したのに、その男性に追い掛けられ包丁で腕を切られて大怪我をすると言う事件の現場も見た。そして一瞬の交通事故で家族を失い悲嘆にくれる姿も見た。その都度、思うのは貧しくても「平和で平凡な家庭」こそ一番の幸せだと言うことである。

  小説から学んだ事だが、福沢諭吉が江戸へ上る途中にとてもお茶好きの薩摩藩士と同行する機会に恵まれた。その侍は茶道具を供の者に持たせての旅であり、宿へ着く度に必ず茶を一服立てて、ゆっくり楽しんだという。どちらかと言うとせっかちな一面を持つ福沢はその様子を見ていて口を挟んだ。「忙しいこの旅先で、いちいちそんな七面倒くさいことをしないで、江戸へ着いてから、思う存分そいつを楽しんだらどうです」と。

  侍は答えた。「道中の日も亦(また)人間生涯の一日でござれば」。

  福沢はそのひと言にすっかり参ってしまったと「福翁百余話」に記録されているという。「長い旅の一日一日も、やはり大切な、それがしの一日一日でござれば」。その侍に取ってはどんな日々であってもその日一日を大切に生きたいということであろう。余り意識する事はなかったが、時の流れに身を委ね、平凡で平和な日々を送れることこそ最高の幸せだと思っている。

  「無事是貴人」と言う言葉もある。「何事も無いのが最上の人生」と言うことである。幸いなことに病気で倒れたアキもこのごろは元気を取り戻し、朝夕の散歩に少しだが付き合っている。歳のせいか寒がりの方は一層強くなり、堤防までの200メートルほど歩いておしっことウンチをすると後は一目散に自分のハウスへと戻る。そして暖房の効いたハウスでドタンと音を立てて体を丸め夢の世界へと走る。それこそ平凡で単純な毎日を送っている。

  先に登場した侍ほど一日、一日を大切に過ごそうという意識はないが、ともかく平和な日々が続くことを祈っている。そしてあと少しで2000年というミレニアムを迎えようとしている。考えてみるとたった一度しかない人生を1000年に一度しか来ないチャンスの中で迎えられるというのも幸せなことである。その正月用の料理として妻が市内の総合宴会場からもらってきた料理カタログ集を手に「どうする」と聞いてきた。正月はプロが作った料理で過ごそうかとの提案である。

 カラー刷りのきれいな料理の見本がズラリと並んでいたが、「まあ自分にはエビや鯛よりも『湯豆腐』で結構」と答えてしまった。「そう。私の手料理で我慢する」と妻は言うが、特別な料理を楽しむよりもいつもの味のいつもの料理でいいと思う。それよりも大晦日はビールに代わってワインにしようか、それとも特別な日本酒を味わうか。そんなことを考えている。

  きっと大晦日の夜は恒例の「紅白歌合戦」を観て、サッパリ分からなくなった今の若い歌い手さんたちの顔と衣裳に度肝を抜かし、平々凡々と1999年12月31日の夜をやり過ごし、2000年1月1日の「おめでとう」の声に耳を傾け、近くの神社に初詣をして後はそのまま寝正月となることだろう。いやその前にコンピューターの2000年問題が発生するだろうか。もしも電気が止まるようなことになったら、もしも本当にそうなったならまさにパニックである。暖房も今では電気がなければ火が付かない。すべて電気頼りの生活となってしまった。やはり本当に寝て過ごすしかないかもしれない。杞憂かもしれないが。

  それにしても時の流れが早過ぎる。これもあるいは歳を重ねたせいかもしれない。雪の中で元旦を迎え、雪寄せに追われた毎日を過ごしたのは今年の1月だった。あれから再び新しい1月を迎えようとしている。しかし、2000年というミレニアムな来年は何か格別な一年になりそうな気がする。角館町の宮本貴久さんと秋田市の高杉静子さんが企画して下さった「空飛ぶケンニチ」が見事に結実し、「秋田県南日々新聞」のためのオリジナルな紙風船が大空高く揚げられようとしているからだ。もう10万円を超す募金が全国から集まったと「空飛ぶケンニチ」のホームページで報告されている。

  そしてその紙風船揚げを泊まり込みで一緒に観ながら楽しみたいと静岡県の読者や東京の読者などがお便りを寄せて下さっている。来年2月10日。ケンニチは「し・あ・わ・せ」を心に刻んで1999年という年を送り、2000年を気持ちよく迎えたい。無事是貴人。そう。何事もないのが最上の人生と思って。読者の皆さまの「無事是貴人」も心から祈りたい。そして2000年1月1日を幸せな時間で迎えられることも祈りたい。12月24日。お子さんのいる家庭なら今夜はメリークリスマスだと思う。ケーキを囲んでプレゼントに大喜びをする子どもたちの笑顔を想像しながら、今夜も無事是貴人のままビールとお酒で過ごそう。