羽後町の山内峯夫さんを訪ねる
ホームページで情報収集し、電子メールで友だちの輪(5月16日・火)
大曲市から南へ30キロ。16日朝、雄勝郡羽後町に山内峯夫さん(59)=新町字高寺5=を訪ねた。山内さんは6年前に脳こうそくで倒れ、その後遺症で手も足も利かない不自由な体になっってしまった。その重い障害にももめげず自宅で独学でパソコンを学び、インターネットで情報を収集し、電子メールで様々な人と交流を深めている。5日には本紙にもメールを下さった。その山内さんの前向きに生きようとする元気さを少しでも吸収し、読者にも励みになればと羽後町に山内さんを訪ねた。
山内さんの自宅は周囲が田んぼだらけの小さな集落の中にあった。元気なころは農業のかたわら産業廃棄物の埋め立て現場で重機のオペレーターとして働いていた。しかし6年前の1994年11月、会社に出勤してから突然、頭と手足がしびれ近くの開業医に走った。そこではどうにもならず湯沢市の雄勝中央病院に運ばれた。既に手遅れに近い脳こうそくが発症し、それから半年近く山内さんは意識不明のまま生死の世界をさまよった。やっと意識が回復したら手も足も動かせない。それどころか満足にしゃべれない重度の障害者となっていた。
まだ53歳である。絶望の崖っぷちに絶たされ悔しい、悲しい思いをしながら9カ月間の入院生活を送った。退院しても自宅ではテレビを観て時間をやり過ごすしかなかった。だが、朝から晩までテレビだけを観ている生活はまるで「ぼけてしまいそうだった」と山内さん。病院にリハビリーを受けながら山内さんは療法士に悩みを打ち明けた。療法士は山内さんに「パソコンをやってみたらどうか」と勧めた。町役場に相談したら、重い言語障害があることから「意思伝達手段」の一つとしてパソコン購入費として50万円まで補助できる制度があることを知った。元々、機械をいじるのは好きな山内さん。操作方法は自分で学習すればいいと決心し、デスクトップ型のパソコンを国と町からの補助を受けて購入することにした。97年9月だった。
ただ手も足も動かせない点をどうするかをメーカーの人と相談し、マウスはヘッドホンのような道具を頭に取り付け、頭を振ることで操作できる外国製の特殊なマウスを20万円で購入。クリックは口に加えたストローで息を吹くだけで出来るようにした。キーボードもパソコンの画面の中に五十音文字の表を入れてもらい、それをストローで息を吹き掛け、ワープロを打てるようにした。
パソコンの操作はWindowsのヘルプ機能を見ながら勉強した。ただ手が動かせないため、スイッチは妻の信子さん(59)が入れた。午前5時半になると山内さんは目覚め、パソコンのスイッチを入れてもらい、パソコン操作を黙々と勉強した。操作していると夢中になれ、「ぼけてしまった頭がスッキリするほどだった」と山内さん。ただ、電源を入れたままベッドで居眠りしている山内さんの姿を見かけ、信子さんが何度も電源を切ってしまうというミスを繰り返したため、パソコンがトラブルを起して壊れてしまうというアクシデントはあった。
それでも3カ月後には自由自在に操作方法が身に付き、インターネットにも加入した。難点は普通のマウスのように右クリックが使えないことだが、とにかくインターネットに接続することによってベッドの上だけの狭い空間での生活に限られていた山内さんの世界はまさに世界中にと無限に広がった。
訪ねた時はベッドの上でテレビを観ていた山内さんだったが、取材を始めると早速、パソコンの電源を信子さんに入れてもらい「お気に入り」のボタンを押した。そこには「美の国秋田ネット」から朝日新聞、秋田魁新聞、そして秋田県南日々新聞など新聞のホームページから「介護保険」関係のホームページ、そして山内さんの町のホームページなど様々なものが登録されてあった。「介護保険」に関しては「ホームページから情報を取り、勉強したので役場の人より詳しいくらい」と信子さんは笑った。
そして山内さんは「秋田県南日々新聞」を画面に呼び出し、信子さんを通訳にしながら「朝日新聞と魁と、そしてケンニチは毎日、見てるよ」と嬉しいことを言ってくれた。ホームページを通じて日本全国の市町村の介護保険の制度なども研究しているという。
ホームページを見るだけでなく2年前には「こんにちは!山内峯夫です」という名前の映像のない文章だけのホームページも作った。そのホームページで山内さんは訴える。「パソコンで情報を集めたおかげで大分、世の中が分かるようになった。電子メールもやり取りし、友だちも出来た。パソコンは私にしてみれば自分の命と同じくらい大事だ。病気だからといって黙って寝ていることはないと思います。前向きに生きるべきだと思うのです。ひどい病気になればなるほど前向きにならないとだめだと思います」と。
電子メールで広がった友だちの輪は30人ほどにもなった。その中にはリハビリの先生もいれば研修医として訪問してきた医師もいる。収入は国から1級障害として認定された身障者手当てしかない山内さんはインターネットでの電話代を出来るだけ節約したいと、見たいホームページを呼び出しては直ぐに電話回線を切り、ユックリとユックリとマウスを操作して文章を読む。文章を書くにしても五十音文字表から一つ一つ拾い出す作業だけに時間がかかる。それでもパソコン画面を見つめ、楽しみながらメール用の文章を打つ。
信子さんは「パソコンをやり出してから明るくなりました。それに以前は首も赤ちゃんのように安定しておらず、目を離すと体の位置がおかしくなっていて心配ばかりかけさせた。今はマウスを操作するため頭を振るため首にも力が付いて安定し、私も楽になった」と喜ぶ。
話が介護保険に進むと山内さんはたどたどしい口調で「もう少し改善してもらわないと、生活が苦しくなるばかりだ」と話した。山内さんによると山内さんが認定された介護度は最も高い5。しかし、この5に認められる介護サービスを精一杯受けると38万5800円で、本人負担はその1割となる。これでは負担しきれないと思った山内さんは介護度2に下げてもらった。そしてその範囲内で以前と同じサービスを受けている。それは自宅での入浴サービスが週2回、デイーサービス週2回、そして訪問看護週1回である。介護保険が始まる前まではデイーサービスでの食事代1200円だけが個人負担だった。それが4月からは月2万2000円の個人負担となった。
山内さんは言う。「今までは国保だけの支払いで良かったが、今度からは介護保険の支払いも重なる。介護保険の方はまだ払ってないが、保険料を払い、そしてサービスを受けた分の支払いとなると家族も大変だ。すべてのサービスを有料にするのではなく、例えば入浴サービスだけは町で無料にするといった町独自のサービスも考えてもらいたい」と訴える。山内さんのベッドの上の柱には町工場で使っているような吊り上げ用のチェーンブロックが掛けられている。手も足も動かない山内さんを車いすに乗せ、移動させる時に使うクレーンだ。体重65キロもある山内さん。「家族に難儀をかけて・・・」と山内さんは妻の信子さんに優しい目を振り向けた。介護保険。山内さんのような家族が多いと思うだけに、もっともっと改善が必要ではないだろうか。そう思いながら羽後町を後にした。
山内さんのホームページのアドレスは下記の通り。