大曲の花火の陰の主役

大曲商工会議所の小西さん

NHK東北ふるさと賞の受賞をみやげに退職(3月31日・月)

 大曲市の「全国花火競技大会」いわゆる「大曲の花火」と言えば世界に通じる〃ブランド名〃だ。その「大曲の花火」の裏方として40年間も支えてきた陰の主役、大曲商工会議所の小西龍一さん(59)=同市大川西根字中道地野=が31日付で退職する。「これからは『大曲の花火』を一人の観客として楽しみたい」と小西さん。20日にはNHK仙台放送局から「ハイビジョン日本の祭・花火師たちの夢舞台〜秋田・大曲全国花火競技大会〜」などの放送に貢献したとして「第20回NHK東北ふるさと賞」を受賞した。

 小西さんと大曲の花火との縁は高卒と同時に始まった。大曲農業高校を卒業後、当時の花火大会を主催していた大曲商工会に「手伝いたい」と申し出た。大会を仕切っていたのは花火は「丸いもの」という常識を破り、「創造花火」を誕生させ、〃花火の神さま〃と全国の花火師たちから尊敬された佐藤勲さん(故人)だった。小西さんはその佐藤さんに弟子入りした。大会運営をボランティアで携わる小西さんの花火好きが気に入られ、4年後の1967年1月1日に商工会の職員として採用された。

 それからは佐藤さんと共に「大曲の花火」を支え、計画から立案、大会に参加する花火師たちの人選、さらには国や県、市、それに警備の問題で警察や消防署との連絡・調整などすべてを引き受けてきた。同時に桟敷席の建設手配、その年の花火のポスターに使う写真の選択、観光業者との連絡、そして大会当日は現場に詰めて打ち上げの指示、本部との連絡、混雑する会場の人の流れを見てアナウンサーへの呼びかけの指示もしてきた。「花火に関するすべてが自分の仕事だった」と小西さん。

 会議所では中小企業相談所長として金融や税務、経理、経営、さらに労使トラブルなどの相談を受け、対応する役目だが大曲の花火に関する仕事は切れない。「花火で給料をもらっているのではなく、仕事はあくまで中小企業の育成と指導だが、花火に関する仕事はお金には変え難い。大会が近づく6月ごろになるとほとんど花火に取りつかれた病気になってしまう」と笑った。

 そうした小西さんは花火師にとってもうるさい存在だ。大曲の花火に参加できるかどうかは小西さんの判断一つに掛かっているからだ。通商産業大臣賞、総理大臣賞が出る大曲の花火は花火師にとっても出場するだけでも名誉な舞台。それに選ばれるのは地元4業者のほかに全国からはわずか26業者。毎年2月に東京で開かれる「日本煙火協会」の総会には必ず招待され、小西さんは鄭重な扱いを受ける。全国に数ある花火大会で主催者が招待されるのは土浦の花火大会関係者が昨年から呼ばれるようになったが、それまでは大曲だけだった。

 しかし、どんなに大事にされても小西さんは花火師たちに言う。「大曲の花火で事故があったらお終いだ。いい花火を打ち上げたいと気張るよりも事故のない安全な花火を第一にしてもらいたい」と口うるさく注意する。「師匠でもある佐藤さんの言いつけを守ってきただけで、花火師に嫌われてもいい」と小西さん。大曲の花火に参加しても、4〜5年入賞しない花火業者、それに他の大会で事故を起こした業者は選択の対象から外す厳しい姿勢も取った。裏方としてのそうした努力が「大曲の花火」を65万人もの観客を呼び、世界のブランド名としたとの自負がある。

 これまでドイツ5回、ハンガリーで1回、そして昨年は韓国でも「大曲の花火」を打ち上げた。小西さんはこうした海外での花火打ち上げでも現場を自分の目で確認し、契約から玉の輸出、花火師の手配も引き受けてきた。しかし、いずれは手を引かなければならないと数年前から後継者に花火に関する全ての仕事の引き継ぎもしてきた。定年を一年残しての早期退任を選んだ。

 好きなお酒は11年前の病気を切っ掛けに止め、一日に5〜60本吸っていたタバコも2年前の正月に止めた。「酒も止め、タバコも止め、そして花火からも引退。これからは週休7日制の身分になるというのに一番困ったのは趣味がないことだ」と頭を抱える。身長150センチ、体重80キロ。大きく膨らんだお腹。人懐っこい小さな目。大曲の花火の陰の主役は「しばらくはユックリ休みたい」と小さな目をさらに細めて笑った。