医師と看護婦、薬剤師がセットで在宅医療活動

大曲市角間川町の伊藤さんと畠中さん

寝たきりのお年寄りも安心して療養(4月15日・水) 

 医師と看護婦、そして薬剤師がトライアングルを組んで在宅療養するお年寄りを訪問診察するという大曲市角間川町の医療法人「伊藤内科医院(伊藤良理事長)」は、全国でも珍しいほど手厚い「在宅医療活動」に取り組んでいる。もう3年。治療の中には寝たきりのお年寄りの最後を看取るだけという希望の薄い終末医療もあるが、家族からは「畳の上で、しかも苦しむこともなく見送ることができた」と感謝されている。15日午後、そのトライアングルに同行した。       

 医師の伊藤さん(46)は同町出身。旧角間川中学校(現・大曲南中)から横手高校、秋田大学医学部へと進み、内科医に。大学病院に籍を置きながら、公立横手病院をはじめ、大館、鹿角、田沢湖など大学の関連病院を回った。そして再び公立横手病院に赴任して、95年4月に同町に医院 を開業した。                                      

 所在地は同町字町頭、通称、南団地。市土地開発公社が土地造成して分譲した新しい団地だ。故郷でもあり、静かな環境が気に入ってそこを拠点に「自ら足を運ぶ地域医療活動をやりたい」というのが夢だった。開業する2カ月前には同町在住で、同市飯田の元・和光薬品(現・サンエス)に勤務していた黒丸長雄さん(51)が薬局「すばる」を開業しており、医薬分業の環境もできていた。

 さらに伊藤さんの訪問医療の大きな支えとなったのは黒丸さんが、苦心惨憺の末、やっと神奈川県の大きな病院から角間川町に移り住んでもらった薬剤師・畠中岳(たかし)さん(30)の存在 =昨年6月4日に本紙で紹介=だ。畠中さんも「医師と看護婦、そして薬剤師がチームを組んで一人では通院できないお年寄りを訪ね、在宅のまま診療したい」という在宅訪問医療に理想を燃やしていた。                                        

 畠中さんは秋田とは縁もゆかりもない。秋田県のAターン事業を通じて、畠中さんを知った黒丸さんが、畠中さんの理想とする医療活動を「秋田でやってみないか」と口説き落とした。田舎で暮らすということに漠然とした憧れと不安もあったが、黒丸さんの情熱に大病院ではやれない仕事が見知らぬ角間川町にはあると移住を決心。96年8月に移り住んだ。             

 こうして医師と看護婦、薬剤師の3人がコンビを組んで訪問医療に取り組むという活動が始まった。診察日は毎週水曜日。この日は医師の伊藤さんにとっては「昼休み」もない。ご飯もそこそこに看護婦と畠中さんを車に同乗してもらい患者さん宅を訪問する。              

 現在、診察を受けているのは約20人。角間川町を中心に円を描くように患者はあちこちに散在している。ほとんどが脳卒中や脳梗塞で倒れ、病院での手当ても終え、自宅で療養している人たちだ。                                          

 午後1時きっかりに医院を出発。今日は仙南村と六郷町の患者7人の診察だった。最初に訪ねた家は91歳になるおじいさんだった。玄関を開けると同時に3人の「こんにちわ」「おじゃまします」の元気な声が響いた。居間のこたつに横になっていたおじいさん。「おう。昼寝だったか」。伊藤さんは呼びかける。家族が駆けつけて、お礼を述べる。看護婦さんが早速、血圧測定の準備を始める。測定しながら「おじいさん。血圧も安定し、大分、良くなっているな」。伊藤さんは励ます。「んだか。手が少ししびれてナ」。伊藤さんの目がキラリと光った。病気の再発を心配したのだが、診察では特に異常はない。採血検査したデーターでも特に引っかかるものもない。家族には「老化による動脈硬化が進む可能性はあるが、特に心配はないから」と告げて安心させる。   

 そして次の家へ。ベッドに寝たきりのおじいさんだった。退院して家に帰ったころはほとんど無口だった。そのおじいさんへ伊藤さんは「そろそろ雪囲い外さねばだめだべ」と体が動けないのを知っていながら話しかける。おじいさんは「んだな」と笑った。「おじいちゃん。大分、喋れるようになったね」。伊藤さんは嬉しそうに話しかけた。                    

 家族も「先生。いい薬いただいて」と感謝の言葉を述べる。行く先々の車中でもそうだったが、同行する畠中さんや看護婦と患者の様子を話し合いながら、これからの治療方針を考えているようだった。「退院したばかりの患者にはもうダメかなと思った人もいた。でも治療を続けているうちに本人も家族もなんとかもう一度立ち直らせたいと懸命になり、歩けるまでに回復した患者もいます。もちろん、薬の効果もあるが、大事なのは家族と本人の努力。そうした回復振りを見ているとやりがいが沸いて来ます」と伊藤さん。                          

 在宅医療での畠中さんの果たす役目も大きい。患者さんに薬の飲み方を指導し、薬の効果もチェックする。そして薬の組み合わせや種類の変更なども薬剤師の立場から助言できるからだ。畠中さんは伊藤さんと同行して、薬を変えることになれば薬局に戻ってから新しい薬を調合し、それから再び自分の車で患者さん宅に届ける。さらに家族が薬を飲み忘れることのないよう畠中さんのアイディアで作った「週間投薬カレンダー」もある。朝、昼、晩、寝る前にとポケットが分類され、それが空っぽになっていれば薬を飲ませたことになる。薬あってこその治療であり、飲み忘れは病気の進行にもつながる。「とても重宝です」と伊藤さんは喜ぶ。                

 こうした努力によって歩けるまでに回復したり、完治不可能と思っていた大きな床ずれが治って驚いたこともある。だが、中には最後を看取るだけという患者もいる。80歳、90歳の老人は簡単に肺炎を引き起し、ぽっくりと逝く可能性が高いからだ。診察を引き受けることになった時、伊藤さんは必ず聞く言葉がある。「どういう形で一生を終わらせたいか」。返って来る言葉の多くは「病院のベッドよりも畳の上で見送りたい」だという。                   

 いわば死と直面した医療となる。伊藤さんはいう。「人も木も最後は枯れて死にます。枯れ始めた木に何とか生かそうと水をやっても木が苦しむだけ。人も同じです。脱水症状となった患者さんに点滴や投薬をしても苦しむだけ。人間の最後は脱水状態で死ぬのが一番、苦しまないもの」と見通しのない患者は無理な治療よりも見守る方針だ。こうして一生を終えた患者の家族に伊藤さんはまたひと言、聞く。「これで良かったか」と。だれもが「満足のいくまで世話をすることができました」と言い、亡くなった患者にも「満足感」が浮かんでいるという。            

 仙南村から六郷町へ回って7人の患者を診察し、医院に帰ったのは午後2時半だった。どこの家庭でも今日は先生が来てくれると心待ちにしているようだった。そして「先生と薬剤師さんが一緒に来てくれるからとても安心」と喜ぶ。診察を受ける患者の顔も実に笑顔が多い。       

 伊藤さんは言う。「笑いは最大の活力。出来るだけ冗談を飛ばして、私は患者さんを笑わせることにしてます」と。畠中さんも患者に呼びかける。「おじいさん。 本当に元気になったしナ」。最近になって、ようやく仙北言葉をしゃべれるようになったとも言った。