田沢湖町で土人形と土鈴作り

工房「北の仲間たち」の杉山さん

モダンアートの経験を生かした素朴さが好評(4月12日・水)

  田沢湖町に「工房北の仲間たち  北浦土人形土鈴」と言う工房がある。角館町から国道46号を走って「田沢湖」に向かう346号に入り、2キロほど北上。最初の信号機を左折して火の見櫓のある所がその土鈴を作っている工房だ。杉山ハヤトさん(43)がその工房の主として様々な土鈴を作って角館町の青柳家や西宮家、角館温泉「花葉館」、安藤醸造元北浦本館、田沢湖芸術村の森林工芸館などで販売。その素朴で愛らしい姿が人気を呼び、全国のマニアの注目となっている。

  杉山さんが故郷の同町生保内字造道の自宅に戻って独自の作品である「北浦土人形と土鈴」を作りはじめたのは1993年から。それまでは東京でモダンアート関係の仕事に携わっていたが、実家の都合で帰郷。田舎に帰って芸術活動を始めた知り合いの画家の影響も受け、「自分でやれるのはやはりモノづくりではないか」と手びねりの土人形を製作。周囲からは「人形っこ作って食っていけるか」と疑問視されたが、10数種類の土人形を角館町の観光施設「青柳家」に置いてみたらすぐに注文が付き、売れた。そして客から「土鈴を作ってみないか」との勧めもあり、土鈴作りに挑戦。

  東京でシルクスクリーンの版画や陶芸、モダンアートの分野に属する抽象的なオブジェの製作などに取り組んで来た杉山さんは「モダンアートは感情を抑えた芸術で、心理的にもストレスがたまっていた。しかし、土人形や土鈴は逆に自分の感情や思いをストレートに込めて作れる。土人形はそれこそ縄文時代から神を招く楽器として作られて来た。コロコロと鳴る愛らしい音はどこか郷愁を感じさせる。その土鈴が小さな幸せを運んでくれるよう一つひとつに自分の経験のすべてを打ち込んで作ってみよう」と土鈴作りに専念した。

  杉山さんが作る土鈴は多彩だ。お地蔵さんもあれば埴輪、干支、フクロウなどの動植物もあれば男鹿のナマハゲもある。土鈴は横手市の中山人形の土鈴など長い歴史を刻んだものが多いが、杉山さんはあえて「創作土鈴」としてオリジナルティーの高い作品を目指した。しかし、やりはじめたころは全くの素人からの出発だっただけに資材や薬品の手だてなどすべてが試行錯誤の連続。とりわけ、石膏による型づくりには相当な期間と実験を費やした。そしてやっと左右対称の片人形を合わせる方法と型に粘土を流し込んで一体を作る方法を確立。粘土は信楽や伊賀のものを入れているが、地元の土も実験的に使用している。

  石膏型に押しつけて成形した後、4、5日、雨が降ると2週間もかけて自然乾燥させ、電気窯にいれて9時間から10時間もかけて素焼きし、それから絵の具で彩色して完成させる。すべて手作りだから1日に仕上げられるのはせいぜい25個ぐらい。「値段は一個1000円から2000円前後だが、量産しようと思えば描くタッチが乱暴になるし、そんなごまかしをしたくないんです」と言うように杉山さんは粘土との調和を考え、色合いに神経を使う。そうした丁寧な仕上げが「東北の素朴なイメージ、田舎の臭いがする」とマニアに受けた。千葉県や埼玉、宮城、中には九州など遠くからまで直接、杉山さんの工房を訪ね、土鈴を買い求めに来る人もいる。

  これまで考案したオリジナルは約60種。杉山さんは一つのオリジナルを作るに当っても日本神話や伝説などを詳細に調べ、それからイメージを浮かべて作品にする。例えば“龍”の土鈴を作ろうとした時は「想像上の動物である龍がなぜあのような姿で描かれるようになったのか」「昔の人たちは龍に対してどのような信仰心を抱いたのか」を考え、時にはいわれのある場所に足を運んで調べ、その過程を経てデザインのイメージを描く。上京して現代美術の専門学校に通い、多くの美術作家、芸術家と交流を交え、デパートのディスプレー、塗装関係の仕事、陶芸、シルク印刷、さらには精薄施設で指導員としても働いた経験などもすべてが今の土人形、土鈴作りの基礎になっていると杉山さん。人形に付いて話し出すとほとばしるように言葉が出る。杉山さんの土人形、土鈴にかける思いの強さからだろう。

  工房「北の仲間たち」と名付けたのは神奈川でモダンアートに携わっていたころから、「自分で工房を持った時にはやはりモノ作りをしている仲間と一緒にイベントなどをやれる工房にしたいという夢があったから」という。田沢湖観光の際にちょっと寄りたい工房として紹介した。工房の電話番号は0187−43−1540。普通の民家でちょっと分かりにくいが「火の見櫓」が目印になる。