「長崎の鐘」の永井隆平和賞作文

大曲南中の伊藤彩さんが佳作に

島根県三刀屋町主催=全国から3100点応募、入賞作14点(9月20日・水)

 永井隆平和賞作文で佳作に入った伊藤彩さん名著「長崎の鐘」で知られる平和の使徒・故永井隆博士(1908年〜1951年)のふるさと島根県三刀屋町が「愛と平和」をテーマに全国の小・中・高校生から募集した作文や小論文「第10回永井隆平和賞」に大曲市の大曲南中3年・伊藤彩さんの作文「すぐそばにある」が中学生の部で佳作に入選した。応募は国内だけでなくロシア、ベトナムの日本人学校からも含め計3100点もあり、その中から入賞作として選ばれたのはわずかに14点。学校では「彩ちゃん。やったね」と超難関をくぐり抜けて入賞した伊藤さんの活躍を祝福している。

 永井博士は島根県松江高校から長崎医大(現長崎大医学部)に進学し、卒業後も同大学で放射線医学を専攻。長年のレントゲン診療で白血病に侵されたうえ、45年(昭和20年)8月9日の原爆では重傷を負い、妻・緑さんを失うと言う悲劇も味わった。それでも二人の子どもを育てながら被爆者救護に当たる一方、長崎原爆最初の学術報告書を提出するなど医師としての崇高な責任を果たしている。そして教授昇任後間もなく病魔に倒れたが、「この子を残して」「長崎の鐘」など多数の著書を通じて、全世界に「愛と平和」を訴え、50年には戦後初の総理大臣賞を受賞。敬けんなクリスチャンで、ヘレン・ケラーや教皇特使などの見舞いを受けながらも51年に43歳で亡くなっている。永井博士の著書はその後、サトウハチロー作詞、古関裕而作曲の「召されて妻は 天国へ 別れてひとり旅立ちぬ」の「長崎の鐘」の名曲となって戦後、多くの人の涙と感動を呼んだ。

 永井博士のふるさと三刀屋町では原爆の洗礼を受けながらも病床から世界に隣人愛と平和の尊さを訴えた続けた博士の精神を若い世代に伝えていこうと70年に遺作、遺品を集めた永井隆記念館を建設。90年には世界恒久平和を願う「『平和を』の町」宣言をし、91年に永井隆平和賞を創設して「愛と平和」をテーマに全国の小・中・高校生から作文や小論文を募集し、入賞作を作品集としてまとめ発表している。

 今回は児童文学作家の角野栄子さん、国語教育学者の倉澤栄吉さん、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科長の森隆夫さんが選考委員となって審査した。

 伊藤さんは今年の3月、修学旅行で沖縄に行ったのを思い出に作文を書いた。単なる東京見学ではなく戦場となった沖縄を訪ね「平和とはなんだろう」を考える機会にしたかったと学校では今年から初めて旅行先を沖縄に切り換えた。沖縄で「ひめゆり資料館」など戦争の深い傷跡を見てきた伊藤さんは「ワーッと楽しむ修学旅行ではなく、ああこんな事が合ったんだと、とても平和と言うものを考えさせられる重い旅だった」と語り、「学校から作文に応募してみないかと言われたときは素直に書いてみようと言う気持ちがわきました」と話す。そして「入賞してから送られてきた島根県の新聞や平和賞発表のパンフレットをみてこんな規模の大きいコンクールだったんだと驚きました」と嬉しそうな笑顔を見せた。作文と漫画を書くのが大好きで、一つの挑戦のチャンスでもあると思って夏休みに入って間もなく原稿用紙に向かったと言う。

 伊藤彩さんの作文「すぐそばにある」を掲載する。



 今年の三月、修学旅行で沖縄に行った。空も海もすばらしく綺麗な青のグラデーションがかかっていた。町を歩く沖縄の人たちは皆幸せそうだった。けれど、そんな平和な裏に刻まれた戦争の深い傷跡を、私はこの目で見て来た。

 糸数壕の中は、冷たく、湿っていて、まるで墓の中に入っているような気分だった。五十五年前の空気は、とても重く感じられた。ひめゆり資料館に行ったときも、大勢の学徒隊の視線に見つめられ、息が詰まってしまった。一人一人の無言の叫びが肌に伝わってきたのを覚えている。

 今の日本は平和になった。日本国憲法でも戦争の放棄を宣言している。しかし私は、本当に平和で、本当にみんな幸せなのか疑問に思う。確かに戦争はなくなった。なくなったが、体の中では今だに戦争の惨劇が続いている人たちがいる。運良く生き延びた人たちだ。

 私は先日テレビで、戦場から帰還した人たちの今の生活の様子を見た。それは、「幸せ」なんてとうてい言えないものだった。毎晩戦争の夢を見てうなされたり、ふとした拍子に戦場を思い出し、突然暴れ出したり、戦争の幻覚を見続け、薬におぼれたり・・・。これを見ているうちに私は、戦場から帰還した人たちはラッキーなのか、アンラッキーなのか深く考えさせられた。帰還しようがすまいが戦争が起こることで人生が狂ってしまうことに変わりはないのだ。

 こういった、戦争という大惨事が起きた後必ず耳にするのが「平和」という言葉だ。平和、平和というけれど、では「平和」とは一体何なのだろうか。

 普段何気なく吸っている空気や、何気なく見上げている空、何気なく飲んでいる水、これこそがまさに平和の象徴なのだと私は思う。何気なく・・・平和はそばにいるのだ。友人との意味もないいさかいも、家族とのたすけ合いも、すべてが平和なのに、わたしたちはそれに気づかない。あまりにそばにありすぎて、何気ないものだから。だから人間は戦争を起こす。人間の欲深さが、あたりの平和をめちゃくちゃに壊してしまう。はっと我に返って後ろを見ると、粉々になってしまった平和のかけらが散らばっている。そこでようやく平和に気づく。

 人間の心は欲深く、無いものが欲しくなる。最新のゲームソフト、隣の国の領土、世界をゆるがす武力・・・。その心は限度を知らず、満足感はとうてい追いつかない。その欲のしずくが、戦争という形で波紋のように広がる。そして平和の大切さに気づいた時でさえなお、「戦争」の中には無い「平和」が欲しくなるのだ。そう考えると、平和とはいわば人間の「ないものねだり」に近いといえるのではないだろうか。

 世界中で平和を叫ぶ声が次第に高まってきているが、人間がこの世に存在する限り戦争はなくならない。兵器をつくるのも、戦争を始めるのもすべて人間だからだ。だが、戦争を極力さけることなら出来る。どうすればよいか、それは、欲にあふれている心を最小限におさえることだ。そうすれば、今より少しだけ、平和が目に見えるようになるだろうし、みんなが「この平和を壊したくない」と思えたら、心にも平和が生まれることだろう。

 すぐそばにあるもの、それは、小さな平和の粒たちなのではないだろうか。