秋田県知事選

共産党は奥井氏擁立を発表

自民党と真っ向から対立し、批判(2月5日・月)

 知事選に立候補する奥井氏共産党秋田県委員会(最上健造委員長)は5日、3月29日に告示される県知事選への党独自候補として県委員会書記長の奥井淳二氏(48)を擁立すると発表した。奥井氏は立候補に当たって「佐々木前知事まで続いた40年にわたる自民党、オール与党県政の下で開発優先、農業つぶし、福祉切り捨て、財政破綻の政治を押しつけられ、農業、商工業は衰退し、1兆円を超える財政赤字、人口減少、お年寄りの自殺率全国一という秋田にしてしまった。その責任は自民党とそれを支えてきた政党にある」と自民党と真っ向から対決する姿勢を示し、「自民党推薦候補は県民の痛切な願いに到底、こたえることはできない」と厳しく批判する。

 さらに寺田県政については「県費の不正支出の決着、未就学児の医療費の無料化、情報公開制度などは4年前の知事選で共産党が推薦した候補者が掲げた政策であり、県民の世論と運動を無視できずに実行しているもの」と切り捨て、「今の県政には自民党政治に対するキッパリとした対決姿勢が見られない。秋田中央自動車専用道、真木ダム、秋田港口部連絡道路などゼネコン奉仕の大型開発を進め、農業でも減反を押しつけ、自民党農政の延長線上にある」と批判する。

 その上で奥井氏は▽無駄と浪費、ゼネコン奉仕の大型開発の見直し▽家族経営でなりたつ農業を目指す▽中小企業の役割に光をあて、経営を守る▽教職員、消防職員、心ゴールドプランの達成によるホームヘルパーの増員など公的な就労事業を増やす▽暮らしと福祉、教育優先の県政▽秋田の平和と恵まれた自然を守る−などの公約を発表した。

 奥井氏は1973年、金沢大学土木工学科卒。76年、日本下水道事業団入社、80年に同社秋田工事事務所を退職。同年9月、党秋田地区委員会に勤務。96年に党県委員となり、これまで県議選に2回立候補、92年には参院選秋田選挙区から出馬、さらに95年には県知事選にも立候補している。97年10月、党県書記長に就任。自宅は秋田市広面字樋ノ沖。
 奥井氏の出馬表明によって県知事選は現職で再選を目指す寺田典城氏(60)と、村岡兼造衆院議員の長男で自民党推薦の新人・村岡兼幸氏(43)による三つどもえの戦いとなる公算が高まった。