戦争の惨禍を繰り返すまい
悲しみの遺族ら150人が参列して平和を誓う(7月4日・水)
終戦から56年−。大曲市では4日午前11時から中央公民館で「戦没者追悼式」を挙行して、国のため家族のためと戦地で散った1011柱の御霊(みたま)の霊を慰めた。大曲市遺族連合会(武田善一郎会長)の主催。2年前までは各地区ごとに慰霊祭を営んでいたが、遺族も年々少なくなってきたことから昨年から合同での追悼式に切り換えた。
式典には約150人の遺族が参列。高橋司市長、御法川英文代議士、栗林次美県議、それに市議団らが来賓として出席した。戦没者霊位を祀った中央の祭壇は黄色と白の菊の花で飾られた。武田会長は「あの苛烈を極めた戦争が終結して早くも56年が過ぎた。戦争を知らない世代が国民の多数を占め、厳しかった体験も次第に薄れつつある中で、私どもは豊かな郷土で平和と繁栄の恩恵を享受している。この平和と繁栄は皆さまの尊い礎の上に築かれたものであり、再び戦争の惨禍を繰り返さないよう私たち遺族は固く心に誓っている」と式辞を述べた。
続いて高橋市長と大坂義徳議会議長が「英霊がとこしえにやすらかで、今後とも我が大曲の繁栄と平安を見守りいただき、変わらぬご加護をたまわりますようお願いしたい」などと追悼のことばを述べた。
そして全員がステージの御霊に向かって菊の花を献花。最後に追悼歌「みたまをたたえて」を合唱して式典を終えた。参列した遺族の一人で、四ツ屋の佐藤功成さん(69)は「兄が24歳でルソン島で戦死している。兄とは10歳ほど年齢が違うため、あまり面影はないが、兄の死を悲しみながら戦後ずーっと暮らした両親の姿を見て育ったので辛かった」と話した。また須和町の石川フミさん(74)も6歳上の兄を戦争で失っているという。「マリアナ諸島で潜水艦に乗っていて戦死しました。昭和19年10月31日です」と命日をスラスラと述べ、「兄と私だけの兄弟だった。優しい人でした。今もその面影は目に焼きついていて、追悼式は一度も欠かしたことがありません」と静かに語った。戦争で息子を失った親たち、夫を亡くした妻、兄を亡くした兄弟たち。遺族にとって戦後はまだまだ続いていた。