故・栗林元代議士

お別れする会を開く

知人やファン500人、寺田知事も参列(3月12日・月)

 栗林さんとお別れする会先月24日、入院先の仙北組合総合病院で94歳の生涯を終えた元社会党代議士の「栗林三郎さんとお別れする会」が11日、大曲市のフォーシーズンで開かれた。全国出稼組合連合会、大曲市、秋田ふれあい信金、大曲へら鮒釣研究会が合同で開いた。

 葬儀は先月28日に平安閣で挙行されたが、多くの人たちが故人と別れを告げたいとの声で、会費制でお酒をくみ交わしながら故人をしのぼうとなった。市内はもとより県外からも栗林さんファンが駆けつけ、会場のテーブルは500人を超える人で埋まった。その中には秋田魁新報社の佐藤暢男社長の顔も。現役記者時代、大曲支局長を務め、故人とも交流があったという。

 中央に故人の笑顔の写真が飾られ、全国出稼組合連合会長で元代議士の細谷昭雄氏のあいさつのあと高橋司大曲市長、全日本農民組合連合会長で参院議員の谷本巍氏、秋田ふれあい信金の石川重一郎理事長が追悼の言葉を述べた。録音テープで生前の栗林氏の声が流れると会場はシーンと静まり返り、「常に弱者の立場になってものを考え、政治の手で光りを与えようとした人だった。演説のうまさと迫力は最高だった」と故人をしのんだ。

 乾杯の後もかつての熱烈な支持者だった人たちが次々と演壇に上がり、故人を語った。栗林さんは川目生まれ。高小卒後、新聞販売業を営み、1941年(昭和16年)から終戦まで大曲町議、47年から県議2期。58年から80年まで旧秋田2区選出の衆院議員を通算5期務め、細谷昭雄氏に後継のバトンを託した。また大曲信金(現秋田ふれあい信金)理事長などを歴任。84年に大曲市功労者となっている。

 途中、寺田典城知事も駆けつけ出席者からの大歓迎を受けた。寺田知事は「栗林さんと父とは親しい交流があった。栗林さんから教えられたことを守り、これからも一生懸命努力したい」と故人にお世話になったお礼を述べた。最後に喪主で県議の栗林次美氏は「たくさんの心温まる別れの言葉に父も満足していることと思う。父は若い時に苦労を重ねたから、その分、世の中を良くしてやろうと言うのが父の哲学であり、政治の姿だった。20世紀は戦争と殺し合いの世紀だった。父の示した『みんなが幸せでありたい』との政治を私も引きずり、戦争のない平和な世界を築く事こそ私の政治使命だと思う」と締めくくった。