動き出した知事選

寺田知事、大曲市で総決起大会

自民の数の横暴を批判、選挙戦は手作りを強調(3月18日・日)

 寺田知事を応援する浅野宮城県知事寺田典城知事(60)の再選を目指しての「寺田すけしろを励ます大曲仙北の集い」が18日午前10時から、大曲市のエンパイヤホテルであった。大曲市出身の寺田知事の再選を地元の力で果たそうと約1200人の支持者が集まり、「寺田知事、頑張ろう」のシュプレヒコールが繰り返された。浅野史郎宮城県知事も応援に駆けつけ、「地方はもう変わりはじめてる」と題して講演。「政党の推薦を受けない県民党として選挙をやると言う寺田さんだ。私も政党の推薦を断って再選を果たした。金もない、組織もない、政党の推薦を断る選挙は大変なエネルギーが必要で孤独な選挙だったが、県民が『自分たちが手助けしなければ史郎ちゃんがどうなっちゃうか』と心配し、100円カンパ運動にもつながった。一人ひとりが選挙に関わって、ゼネコン汚職でズタズタにされた宮城県を変えようとした。寺田さんの目指す運動も県民一人ひとりと関わった選挙にしようとしているものだ」と支援を訴えた。

 次々と支持者が集まって来る。11日に同じ会場で開いた自民党推薦で知事選に立候補を表明した村岡兼幸氏(43)の組織力を総動員しての人集めに負けず劣らずの活況だった。特徴的なのは政党色に染まらず「個人的に寺田さんを支持しているから」と駆けつけた若い人たち、それに婦人たちの自主的な参加だった。1000席を用意したと言う椅子は開会30分も前から次々と埋まり、「1000人は来てくれると思うが」と心配顔だった社民党の藤井春雄市議は「思った以上に出足がいい」と顔をほころばせた。メーンの正面テーブルには県政与党の栗林次美県議(大曲市選挙区・市民派)、佐々木長秀県議(仙北郡選挙区・社民党)、樽川隆県議(同・県民ク)。そして高橋司大曲市長、県農政連の小松正一会長、県民の会の大友康二会長ら。しかし、11日の村岡氏の総決起大会にこぞって顔を見せた郡内町村長は村岡候補の父・兼造代議士や御法川英文代議士への配慮もあってかほとんどが助役か収入役の代理出席だった。

 高橋市長もあいさつでは「知事には大変お世話になっている」とお礼を述べながらも、「両方に呼ばれ、両方に出なければならない。これもまちのためだ」と複雑な心境を吐露し、会場から苦笑が漏れた。それでも最後に「国際系大学、大王製紙などで苦労されていると思う。これから市町村合併へ県のさい配を仰がなければならない。知事のご奮闘を祈りたい」と激励すると会場から大きな拍手が沸いた。

 県民の会の大友会長は「4年前は秋田が故郷ですとは恥ずかしくて言えなかった。あの時の怒りを思い出して下さい。そうした秋田を寺田さんは変えてくれた。なのに寺田知事はこの4年間、自民党にいじめられっぱなしだった。知事のいすを投げ出したいくらいいじめられたが、それでもたえてきたのは県民の多くの支持する声があったからだ」と寺田知事の孤軍奮闘を激励した。浅野宮城県知事が駆けつけると会場は拍手の渦に。メーンテーブルで浅野知事と寺田知事ががっちりと握手し「仲間である寺田さんに再選してもらいたくて駆けつけてきた」とエールを飛ばした。

 浅野知事に続いてマイクの前に立った寺田知事は「この4年間、すべてオンザテーブルでやってきた」と議会との事前の根回しも、駆け引きもなくオープンな県政運営でやってきたことを強調。「議会とは切磋琢磨しながら仕事をすべきだ」と持論を述べ、「食糧費問題では自民党にも責任があり、謝ってもらいたかった」と不満を漏らした。さらにこの4年間でやり残したことは「農林の統合とミネソタ大学の問題だ」と県当局が提案した国際系大学の予算が削除された問題を「自民党の数の横暴だ」と強い怒りを示した。寺田知事はこの日の秋田魁新報朝刊に掲載された県議会自民党議員団の意見広告を手にしながら「ミネソタと言うバックグランドがあり、異文化との交流が持てるからこそ生き残れる大学を造れると取りかかった。自民党も、相手候補も寺田は思いつきしかない、独断だ、一貫性がないと批判するがなぜだめなのか、数の横暴だけで、言ってることに真理がない」と厳しい口調だった。

 加えて県内各地にまんべんなく配られた大量のポスターを皮肉り、「私だってお金があれば山本リンダでも呼びます」と会場を沸かせ、自分の選挙は「デパートのように何でもありではなく、小さなコンビニ方式で自分たちでやっていく。社会を変えるにはそれしかない」と手作りの選挙戦を強調し「秋田に住んでいる人たちがここで生活して良かったと思える県にしたい」と訴えた。