角館町長選

新人の太田氏が初当選

4選を目指した現職の高橋氏に大差を付けての勝利(5月21日・月)

 初当選した太田氏(中央)任期満了(6月16日)に伴う角館町長選挙は20日、投票が行われ、同夜8時50分から町公民館休館講堂で即日開票された結果、新人で会社役員の太田芳文氏(53)=無所属=が、現職で4選を目指そうとした高橋雄七氏(62)=同=と新人で僧りょの平元駿作氏(54)の二人を退け、初当選を飾った。得票結果は太田氏5783票、高橋氏3946票で、1837票の大差を付けての圧勝だった。平元氏は475票だった。投票率は85.40%で、前回(70.40%)よりも15%も上回った。

 太田氏は「高橋町長の12年間の町政の結果、町民の意見が反映されず、このままでは町が衰退していく。不公正、不平等、不透明な町政の克服に勇気を持って努めたい」と高橋町政と真っ向から対立。そして「町民参加の町民による町民のための町政を行い、情報公開を積極的に推進する」と訴えた。出身校である角館高同期生らの支援や町議会議長、副議長ら有力議員、観光協会、角館物産協会などの主要団体の推薦も取り付け、新人とは思えないほどの分厚い支援態勢を整えての布陣だった。町政の流れを変えようと「チェンジ」の小旗を手にした若者を中心にしたイメージ戦で女性の支持も高まり、町部を中心に浸透。終盤は高橋氏が強いとされた農村部にも激しく切り込み、予想以上の集票力を結集した。

 高橋氏は「3期12年間で、町を訪れる観光客は年間200万人を超える。この歴史と文化を未来につなぐという大切な役割を背負っている」とこれまでの実績を強調、「これからは下りの新幹線で来る客を待つだけではなく、上りの新幹線を利用して角館を中心とした北浦の農産物をブランドとして首都圏へ売り込む」などと訴えた。しかし、20人の町議のうち議長ら7人が反旗を翻し、太田陣営に走ったことや多選による「おごり」への批判を前に票をまとめきれず上滑りに終わった。

 平元氏は町議2人の応援をバックに国保税の引き下げや都市計画税の廃止、水道・月3立方メートルまで無料など生活に密着した独特の政策を訴えたが、組織もないまま選挙戦に突入し、空回りに終わった。

 町中心部の下中町に事務所を構えた太田陣営。当選の連絡が届いた午後10時には事務所内は立錐の余地もないほど詰めかけた支持者らで埋まり「ヤッター」「いいぞー」の喜びと感激の声で沸き返った。集まった若者たちはまるで同町の祭りで有名な曳(ひき)山の激突シーンで燃え上がるような騒ぎに。数分後に太田氏が晶子夫人(52)と共に事務所入りしたが、その熱気の中で揉みくちゃにされた。太田氏は事務所入りしても勝利の実感が沸かないのか口元を引き締め、笑顔のない緊張した表情。得票数が書き込まれた表をジッと見つめ、数字を確認していた。

 石川円後援会長が「苦しい戦いだったが町民の良識が勝利につながった」と声を振り絞ると「良く頑張ったぞ」「ヤッター、ヤッター」の声が次々と掛けられ拍手が響いた。太田氏は「ありがとうございました」と深々と頭を下げ「今回の選挙は町民の良識が問われる選挙だと思って戦った。その良識が実った。大変、感激している」と頬を紅潮させた。支援した田口勝次議長も「この選挙、勝てる選挙だとは思わなかった。しかし、町民からは役場は行きにくくなっている。もっと行きやすい役場にしてくれとの声があった。 勝てる選挙とは思っていなかったが、それほど高橋町政に問題があったのだと思う」と勝利を?みしめた。

 太田氏は政策として「職員のやる気を評価し、働きがいのある役場、公立病院の改善をしたい。費用対効果を考えた事業を実施し、民間で出来る仕事は民間に移行し、役場でなければ出来ない仕事を懸命にやる」「高齢者福祉をしっかり確立し、バリアフリー化の促進、公共施設との併設、民間施設の活用、あるいはボランティアの活用で福祉の充実を図る」「小・中学校の学力不足は大命題であり、幼保小一体の教育の場づくりや、中学校は進学を目指す教育を徹底するため教員OB、あるいは民間人による塾など総体的なシステムづくりを進めたい」などの公約を述べている。

 太田 芳文(おおた よしぶみ)氏=1947年8月24日生まれ。東京農工大学院農学研究科卒。王子緑化入社、広島、マレーシア、東京、盛岡勤務の後89年に厨房家具製造のエムプレス入社、同社長、ホテル会社会長。99年から今年1月まで町教育委員長。自宅は田町上丁18。