地雷でけがした子どもたちを救いたい

余命3年の医師、カンパを求めて自転車行脚

篠原さんが9月3日に大曲市入り、午後6時から講演(8月30日・金)


 地雷でけがをした子どもたちの治療・教育施設を建設したいと「余命3年」と宣告されながらも「命のあるうちに」とカンパを求めて全国を自転車行脚している医師が3日、大曲市入りする。この人は福岡県出身で現在、沖縄県那覇市在住の篠原利和さん(54)。3日午後6時から一時間ほど同市金谷町の仙北教育会館で「子どもたちに未来を〜地雷源を走った戦場医、平和への願いを自転車に乗せて」をテーマに講演する。主催する篠原さん大曲応援サポート隊では篠原さんが命を懸けて念願している「沖縄国際こども村」を実現させたいと、支援カンパや多くの聴講を呼びかけている。

 篠原さんは日本の高校を卒業後、アメリカで医療を学んだ。24歳の時、沖縄の南部戦跡などを見て衝撃を受け、さらにベトナム戦争で被害を受けた子どもたちの姿を目の当たりにし「大人たちの起こした戦争に苦しむ子どもたちを助けたい」と26歳で渡米、医療を学び医師資格を取得。その後、民間地雷除去グループと共に約30年間、ベトナムやカンボジア、アフガニスタンなどで戦場医として活動。仲間の医師が地雷を踏んで、足を吹き飛ばされる光景に何度も出くわしただけでなく、自身もゲリラの銃弾で胸や足をけがするなど死線をさまよった。

 2年前に「狭心症」で倒れ、帰国して入院生活となった。しかし、戦場で出会った子どもたちを何とか救いたいと戦場となった沖縄県に「NPO沖縄国際こども村建設」を思い立ち、そのための資金を自らの脚で全国を回って集めたいと決意。治療する医師から「命の保証はできない」と警告されたが、「命のあるうちに」と施設建設運動のため講演活動と自転車での全国行脚を今年5月から10月までの半年間の日程で始めた。

 最初は一日約100キロのペースで走ったが、体力の弱った今は一日5〜6キロの走行距離に落ちた。しかし、たった一人の活動だった篠原さんへの支援の輪は広がり、伴走する車の寄付もあった。そして現在では栃木県宇都宮大学で学んでいるベトナム生まれの女性・グェン・ティー・タン・マイさん(21)が同行し、伴走している。さらに行く先々で篠原さん応援のサポート隊が誕生している。今は走れない区間は車内で点滴を受けながらの移動。北海道で折り返し、1日に大館市に入る。大曲市では県平和労組大曲支部が応援サポート隊となって受け入れる。

 サポート隊は「地雷でけがをした子どもたちの治療・教育施設を建設したいと命を懸けて講演し、カンパ活動している篠原さんの夢を実現するためにも多くの方に参加してもらいたいし、カンパをお願いしたい」と呼びかける。

 篠原さんはホームページからも「こども村建設資金」の寄付を呼びかけている。ホームページは下記へ。

 http://www.freecafe.net/~sinohara/index.html