大曲の花火の〃顔〃

NHKアーカイブスで永久保存、一般公開へ

故・佐藤勲さんの「夜空の詩人たち〜秋田県・大曲市〜」(12月3日・火)

 故・佐藤勲さん大曲市が世界に誇る「全国花火競技大会」の大会委員長として活躍、「大曲の花火」の〃顔〃でもあった故・佐藤勲さんを収録したNHKの「新日本紀行『夜空の詩人たち〜秋田県・大曲市〜』」がNHKを代表する番組として永久保存され、学術研究資料の一つとして公開されることになった。NHKがテレビ放送開始50周年を記念して、埼玉県川口市に建設している映像文化の拠点「NHKアーカイブス」の「番組公開ライブラリー」に保存されるもので、来館者が無償で自由に視聴できるようにするもの。NHKマルチメディア局から登録承諾依頼を受けた佐藤さんの次男で、大曲の花火審査員の佐藤紘二さん(61)=秋田県南生コン社長=は「大曲の花火の歴史を刻んだ父の活躍が映像として残ることは何より嬉しい」と喜ぶ。

 佐藤さんは大曲の花火大会が市から当時の大曲商工会に移管された1957年から花火大会の総務部長、企画委員として携わり、62年からは大会委員長として先頭に立った。当時、花火大会で通産大臣賞があるのは茨城県土浦市だけだったが、佐藤さんは「大曲の花火」をもっと権威あるものにしたいと日本煙火協会の協力を得て通産省と掛け合い、大臣賞を受賞できるようにした。それを励みの材料とし、花火師たちに次世代の花火として「創造花火」の開発を呼びかけ、大曲の花火に「創造花火」という新しい形の花火を登場させた。

 そして80年にはドイツ・ボン市で、83年には外務省の依頼を受けてデユッセルドルフ市、87年にはベルリン市の750年祭に呼ばれて「大曲の花火」を打ち上げるなど日独親善にも大きな功績を残した。

 80年のボン市での花火打ち上げ成功が全国的にも話題になり、翌81年8月の同市での全国花火競技大会を指揮する佐藤さんを収録しようとNHKスタッフが訪れ、大会前後の様子を2週間にわたって撮影。9月13日にNHKの看板番組「新日本紀行」で「夜空の詩人たち〜秋田県・大曲市〜」という題名で全国放映された。

 この年は雨の多い夏で、大会直前まで雄物川河川敷に築かれた桟敷席が洪水で2度にわたって流されるなどアクシデントもあった。しかも、花火大会当日の8月22日には近づいてくる台風15号の影響を受け、雨の中での花火打ち上げという最悪のコンディションだった。「大会を決行すべきか中止すべきか。苦しんでいたオヤジの顔が今でもハッキリ覚えている」と佐藤さんの下で花火を手伝い、大会提供花火のシナリオを描いてきた紘二さんは当時の思い出を語る。

 結局、花火大会は雨の中で決行された。当時の新聞によると観客は10万人。しかし、花火大会は実施されたものの深夜から明け方にかけての台風で雄物川は再び増水し、桟敷席は3度(たび)流され、大曲仙北で1万6000戸が停電、農作物にも多大な被害が出た。

 NHKのアーカイブス完成予想図映像では大曲の花火打ち上げのために全国から集まってくる花火師たちを駅で出迎えるなど花火師を何より大事にする佐藤さんの人柄、打ち上げ現場を何度も歩き、事故防止に全力を注ぐ姿などが紹介された。ドイツでの花火打ち上げなどで外務大臣感謝状、通商産業大臣表彰、県文化功労表彰などを受け、96年5月12日に86歳で亡くなった。

 今回、NHKが川口市に建設している「NHKアーカイブス」は英語で「記録所・保管所」の意味で、時代を記録した貴重な映像やテキストなどを保存し、活用する機能や施設を示す世界の共通語。延べ床面積1万845平方メートルの8階建てのビルで、映像保管庫、データベースセンター、番組公開ライブラリー、プレゼンテーション・研修室などからなる。

 NHKの映像ソフト保有数は東京本部で73万1000本、地域放送局で100万5000本。今回はその中からテレビ番組として2000本を開館と同時に公開されることになった。佐藤さんを収録した「夜空の詩人たち〜秋田県・大曲市〜」がその中の一本に選ばれた。いずれもデジタル技術を用いて映像を修復・復元した。アーカイブスは来年2月1日にオープンする。