神岡町で500号を記念して縮刷版発行
合併以来発行し続けた町と町民の“架け橋”の記録(6月5日・水)
神岡町は昭和30年(1955年)3月に旧神宮寺町と旧北楢岡村との合併で誕生したが、同年4月から発行された「広報かみおか」が平成13年(2001年)2月に500号を迎えたのを記念して「広報かみおか縮刷版(1巻?4巻)」を発刊した。町と町民とを結ぶ“架け橋”として歩み続けた46年間の貴重な記録集だ。縮刷版の発行数は限定200部。町会議員全員と町内の各集会所、町図書館、公民館、町の主要企業、医療機関、郵便局、金融機関にそれぞれ1部ずつ配布したほか、県と県仙北地方部、県立図書館、大曲図書館、それに仙北郡の図書館のある町村にも配布する。
第1巻は第1号の昭和30年(1955年)4月から56(1981年)年3月まで。第2巻は同56年4月から平成2年(1990年)3月まで。第3巻は平成2年4月から平成7年(1995年)3月まで。第4巻は平成7年4月から平成13年(2001)2月までの500号となっている。
興味深いのは戦後からまだ10年の年月しか経ってない昭和30年代の広報。第1巻では「神岡町10年の歩み」と題して、当時の写真29枚を掲載しているが、戦争の痛手からやっと立ち直り、着々と明るい未来に向けて動き出した町の様子が伺える。学校建設や家庭スポーツの普及、巡回診療での成人病の追放、役場庁舎の完成(34年)、永久橋に架け替えられた岳見橋(37年)、史上最高の豊作でコメでいっぱいになった倉の様子、待望の新国道の開通(38年)など。
そして30年4月に発行された広報「かみおか」第1号は2ページのタブロイド版で、平和中学校を会場に多くの来賓を迎え、町の歴史の第一歩を踏み出す「開庁式」を挙行したことの報告、藤井久松町長職務執行者の式辞、第1回町議会だより、役場職員の異動、公民館女子学級の様子などが掲載されている。
6月に発行された第2号では1億円をかけた農業用水「松倉堰」の改修工事の完成を伝え、裏面では家畜の病気への注意や、蚊やハエの撲滅を呼びかけるなど衛生に関した記事を始め、中学校の修学旅行に町が助成金を出すことなどが報告されている。
広報はその年の6月から毎月1回の発行となり、12月の第9号では大曲電報電話局から平和中学校に電話機一式が寄贈され、生徒たちが休み時間を利用して電話のかけ方や受け方を練習している光景が写真と記事で紹介されている。
31年2月の第11号では樺太から妻と5人の子どもを連れて引き揚げ、「秋田は米の国だから」とただ、それだけを頼りに神岡町に流れてきた一家に救いの手を差し伸べた町民の温かい人情話の紹介も。5月の第14号では、町が買い求めた三輪車が町道の補強に大活躍している話題もある。当時、トラックの主流をなしたのが三輪車だった。記事によれば三輪車の値段は57万円だった。
町役場によると今回の縮刷版発行に当たって保存されている全号を調べた結果、昭和31年の15号と32年の20号、21号、22号が欠損していたと言う。当時の広報を印刷していた大曲市の仙北印刷所に問い合わせたら、同印刷所に当時の広報が保存されていて、一部の欠損もなく500号全部の縮刷版を完成することができた。
合併以来46年間の町の動きを記録した広報「かみおか」。町長は初代の藤井久松氏から始まって現在の今野正彬町長で6代目。今野町長は「広報『かみおか』は行政と住民とを直接結ぶ重要な役割を果たしてきた。広報に刻まれた数多くの出来事を貴重な歴史資料として活用されることを願う」と述べる。
町では残り100部ほどは実費程度で町内外の希望者に販売したいと話す。問い合わせは町役場企画振興課(0187−72−4601)へ。