2007年3月をめどに
歴史をまとめ、歴史を記録し、新たな一歩へ(6月25日・火)
太田町で初の町史を編さんすることになり、25日午前10時半から町文化プラザ多目的ホールで第一回編さん委員会を開いて、編さん方針や事業概要計画などを決めた。委員は県立博物館の冨樫泰時館長と田沢湖町の「わらび座・民族芸術研究所」の茶谷十六所長を監修者に、高貝久遠町長、福原信男議会議長ら町議、町文化財保護審議委員ら18人で構成された。
町史は市町村合併の動きもあり、大きな時代の変革を迎えようとしているのを感じ取った多くの町民から「今こそ町史をまとめ、記録すべきだ」との声が上がったのを受けて、歴史に学び、歴史を生かして新たな一歩を踏み込もうと企画した。4月に専任職員3人体制で「町史編さん室」を文化プラザ2階に設置し、準備に取りかかっていた。町では1976年に「太田町百年誌」は発刊しているが、町史はなかった。
高貝町長はこの日の編さん委員会で「町史編さんを通じて、町を上げて歴史に学び、これからの町づくりを考える機会にしたい。冨樫館長、茶谷所長をこの事業の総監督とし、町の歩んできた姿を正しく記録し、後世に伝えたい」とあいさつ。続いて冨樫館長が「この地域の歴史をいろんな角度から眺め、この町にはどのような歴史があったのか、それが生活にどう生かされてきたのかを評価し、振り返ることで将来を見据える材料になる」と地域史編さんの意義を語った。
そして委員会の会長を高貝町長に選出、副会長に町文化財保護審議委員会の高橋淳一郎委員長とし、今年から5年計画で町史をまとめ2007年3月までに発行することなどを確認した。
委員会では町史の編さん方針を「通史」とし▽第1編「自然・環境」▽第2編「原始」▽第3編「古代・中世」▽第4編「近世」▽第5編「近代」▽第6編「現代」とし、記述の範囲は2000年までとする。また体裁はA4版1000ページ程度とするなどを決めた。同時に写真集「学校と暮らし(仮称)」と「2005年・太田(同)」の2冊も発行することなども確認した。写真集「学校と暮らし」はそれぞれの時代の風景、暮らし、着衣、仕事、行事や芸能、儀礼などが分かるものに編集し、町内外から資料を広く集めたいとしている。また「2005年・太田」は旧長信田村と旧横沢村の合併で太田町が誕生して50年になることから、新しい時代の幕開けである2005年の1年間の町の様子を撮影し、編集するもの。さらに町史編さん作業を通じて発見、整理、活用した資料もその所在が確認できるよう「目録」をコンピューターに保存し、通史を補完する資料集として継続発行する方針なども決めた。
町史の実際の編集・執筆などは冨樫館長、茶谷所長らを中心とした10人の専門委員に委嘱する。
高橋侃町史編さん室長は「基本方針としてはふるさとを理解する、ふるさとを愛する心の育成、人材の育成とし、親しみの持てる町史にしたい」と話す。そのため全町民に先人の歩みを調べる調査活動への参加を呼びかけ、町史ボランティアも募集する方針。ボランティアは地域のお年寄りから昔話の聞き取りや資料、建物、遺跡などの撮影、古い資料の解読、勉強会への参加などを行う。また町史編さん室では「役立ちそうな写真や本、古文書などの情報があったら寄せてほしい」と呼びかけている。問い合わせは文化プラザ2階の同室(0187ー−88−1111)へ。