田口松圃氏宛の書簡
坪内逍遥、岸田劉生ら多数の文人と交流(12月4日・木)
大曲古文書解読研究会(野藤鳳山会長)では3日、今年3回目の研究会を図書館で開いたが、今回の資料となったのは大曲市がまだ「大曲町」だったころ文人で、町長も務めた田口松圃(しょうほ)氏=明治16年2月6日〜昭和31年1月16日=の娘さんが保存していた書簡。文箱に保存されていた書簡には明治の有名な作家・坪内逍遥や「麗子像」などの絵で知られる岸田劉生、秋田県生まれで東洋史学者として京大教授としても活躍した内藤湖南、民俗学者の柳田国男、版画家の勝平得之ら著名人からの手紙もあった。これら貴重な書簡を田口家にあるのを知った同研究会副会長・高橋富美雄さん(73)=朝日町=は「当時、一流の文人として活躍した人だとは知っていたが、これほど幅広い人脈を持っているとは驚きだ。書簡にはどのような内容が書かれているかまだ分からないので、会員みんなで時間をかけて解読をしてもらいたい」と協力を求めた。
田口氏は旧大曲町の素封家・田口氏の二男として生まれ、俳誌「まるこ川」、大型文芸誌「白虹」を創刊。日本画にも優れ、明治24年(1891年)、秋田市伝神画会に応募した時、平福百穂と並んで審査員の絶賛を浴びた。仏画鑑賞に熱心で、多数の美術家や俳人、文人と交流。昭和23年(1948年)には県重要美術調査委員、のち県文化財専門委員となって県内文化財の発掘にも努めた。大正7年(1918年)には「秋田民報社」の前身である「仙北新報社」の社長も務め、新聞人として地域の発展にも貢献。この間、大曲町長、県会議員も務めた。
元小学校長だった高橋さんは、大曲市教育委員会が年一回発行している生涯学習情報誌「かりよん」の編集委員も務めており、その情報誌に田口氏を掲載したいと栄町に住んでいる田口氏の末娘・良子さん宅を訪問。写真など資料があったら貸してもらうつもりだったが、その良子さんから「父宛に来た著名な文人からの書簡を保存してきたが、私も高齢になったのでどうしたらいいか」と相談を受けた。
娘さんが文箱から出した書簡を手にとって見たらそれこそ明治、大正、昭和に活躍した文人、画家、学者、政治家など有名人からの手紙ばかり。高橋さんは「取りあえず大曲図書館に預かってもらうことにし、いずれ目録にまとめて田口家から承諾を得て市に寄贈してもらうよう栗林次美市長とも相談したい」と話す。
この日の解読研究会ではそれぞれの会員が興味の持てそうな人の手紙を選んで、解読に努めたが「文字のくずしが難解過ぎる」と悪戦苦闘。これからの研究課題として時間をかけて解読することにした。また、田口氏の業績を後世に伝えるとともにこれまでその資料を大事に保存してきた良子さんの気持ちにこたえる意味でも市の文化遺産として残すようなことも相談したいとしている。