南外村で村の「通史」を発刊

石器時代から現代までの歴史を記録

民俗、信仰、生活、年中行事など多彩な記録(7月14日・月)

 南外村では南外村史の「通史編」と「資料年表 地名資料」を発刊した。同村は1955年(昭和30年)3月に、南楢岡村と外小友村とが合併して誕生したが、市町村合併の動きが加速してきたことから、村が存在した「確かな証」としての意義も含めて、過去・現在・未来と永劫に続く村の歴史を一望できる通史編を残すべきだと98年から5年計画で、同村前教育長の伊藤順三氏を村史編集委員長に編纂(へんさん)作業を進めていた。 通史は始めに空から見た村の姿を写真で取り上げ、次のページで村の木である「ツキ」や村の鳥である「ヤマドリ」、村の花「ヤマユリ」、そして役場庁舎と太平山から眺めた村の姿を写真で飾っている。さらに2万年前から楢岡川流域に人が住み始めたことを語る旧石器時代のホホジロサメ属の歯の化石、石器、古文書、江戸時代の村の絵図などを写真で紹介。また近現代に活躍した郷土の先人10人を取り上げている。そして第1編「自然編」、第2編「歴史編」、第3編「民俗文化編」で編纂した。

 郷土の先人10人の中には村議、県議、衆院議員と政界で活躍する一方、出羽鶴、刈穂の社長のかたわら、県、東北、全国酒造界の役員として「酒の国秋田」の原動力となった伊藤恭之助氏(1870年〜1938年)、講道館の4天王として活躍、渡米して数々の栄光を残し、帰郷後は県柔道界の重鎮として活躍した伊藤徳五郎氏(1878年〜1939年)、東大工科採鉱科を卒業、日本で最初の原子燃料公社理事長、原子力平和利用会議日本代表を務めた高橋幸三郎氏(1892年〜1977年)、京都帝国大学理学部を卒業後、住友金属研究所でステンレスの権威者として研究、発明に生涯をかけた科学者・絹川武良司氏(1894年〜1968年)などがいる。

 歴史編では原始・古代を遺跡と土器の移り変わりなどで紹介。そして奈良・平安時代から鎌倉、戦国時代へと入り楢岡氏が築いた楢岡城址の様子を記録している。江戸時代に入り佐竹氏の入部と秋田藩の成立、村を巡覧した佐竹藩主の記録、さらには飢饉時の農民たちの戦いなども記録されている。近世に入って戊辰戦争と村の関係などを日記から記録した興味深い資料もある。

 近代に入ってからは日清、日露、そして昭和に入ってからの太平洋戦争で出征していく兵士たちの武運長久を祈る村人の写真や村民の暮らしなどの記録は詳細にわたって記載されている。また第3編の「民俗文化編」は巫女(エンチコ)による神おろしなど村の信仰から鍛冶屋など様々な職業、茅葺き屋根だった当時の住宅建設の再現、農作業衣、日常の食生活から貯蔵食品、晴れの日の食、それに出産、結婚、葬送など人生儀礼と年中行事まで詳細に記録され、村を離れた人たちからも「懐かしい」と喜ばれていると通史編纂に携わった職員。村史はB5版で707ページ。

 資料年表、地名資料は1868年(慶応4年)1月3日からから2000年(平成12年)11月までの村の出来事を箇条書きにまとめた。村の歴史をひもとく上でも便利な年表として貴重だ。また「南楢岡」、「荒瀬」、「猿ケ瀬出野中嶋」、「本宿」など地名の解説も興味深い読み物となっている。

 セットで1200部発行した。まだ400部残っており、村役場では欲しい方には3000円で村内外問わず譲りたいと話す。問い合わせは村公民館社会教育係へ。電話は0187─74─2130。