大曲小の鹿島流し
子どもたちの夢を乗せ川を行く鹿島(6月27日・金)
ガンバレガンバレ、かしま!─。27日午後、大曲小学校(武田覺校長・児童数1027人)の児童たちが作った「鹿島舟」3艘(そう)が丸子川を下った。赤、青、黄色のリボンで飾られた鹿島は子どもたちの声援を受け、ユックリ、ユックリと旅立った。
鹿島流しはその昔、悪い病気が集落に入って来ないよう武者人形に祈りを込め、葦(よし)で作った舟に乗せて流したものだった。昔からの伝統行事がすたれるのを心配した当時の市社会教育委員会が、1964年に大曲小学校の児童に引き継いでもらいたいとお願いした。同校では3年生の児童が中心となってそれを引き継いだ。今では初夏の風物詩として27日の鹿島流しの日になると多くの市民が丸子橋と大盛橋間に見学に訪れ、鹿島流しを見守っている。
鹿島舟に乗せる武者人形は全校児童で作り、父母たちが葦を集めて舟を作った。人形の顔は紙粘土で作った。ひげを着けた勇ましい顔の武者、目をかっと開いた怒った顔の武者など馬にまたがった個性ある人形204体が作られた。一方、父母たちは葦を集めるのが年々、大変になったと苦労した。それでも何とか集め、今月始めから学校に集まって長さ約4メートル、幅2メートルの舟に仕上げた。そして3年生の児童127人が手分けして人形を舟に飾り、仕上げた。舟は「ゆめ号」「きぼう号」「はあと号」と名付けた。体育館で全校児童がそろって「出立ちの式」を行って鹿島の旅立ちを祝った。午後1時半過ぎに鹿島は3年生の児童に担がれて諏訪神社へ。神社で3人の神官のお払いを受けた後、神官を先頭に丸子川へと向かった。
子どもたちは鹿島に夢を託して担いだ。鹿島にお願いして書いた夢は様々だった。「プロ野球の選手になりたい」「ペットショップ屋さんになりたい」「サッカーが強くなりたい」など短冊にいっぱいの夢を託した。
丸子橋の右岸ではお父さんたちが迎え、鹿島を担いで川の中へ。流れのよい所で一艘ずつ流すと鹿島はユックリ、ユックリと子どもたちの目の前で流れ始めた。岸辺では子どもたちが「ガンバレガンバレ、カシマ!」「フレーフレー、鹿島!」と声援。子どもたちの夢を乗せた鹿島は勢い良く流れた。そのまま流すとゴミとなるため子どもたちの目から見えない下流で舟を引き上げた。