動き出した大曲市長選

栗林前県議が政策発表

市民の目線に立った市役所を目指す(5月16日・金)

 政策発表する栗林氏今秋10月20日に任期満了を迎える大曲市長選に出馬するため4月の県議選出馬を見送っていた栗林次美前県議(55)は16日午後1時半から、栄町内の空き店舗を借りた後援会仮事務所で記者会見し、市長選出馬にあたっての政策発表した。栗林氏は「行政の最終目標は住民の幸せ実現。『弱い立場にある人たちに政治の光を』原点に、地方分権時代にふさわしい市民参加による町づくり、『みんなで創ろう新しい大曲』を基本とした施策を進めたい」と政治姿勢を述べた。また選挙戦では「市民党の立場で運動したい」と述べ、政党への推薦要請は出さない姿勢を示した。ただ「私が市長にふさわしいとして推薦して下さるのであれば推薦は受けたい」と答えた。6月15日に後援会としての事務所開きする予定。

 栗林氏は公約として▽市役所改革▽産業と雇用▽子育てしやすい環境づくり▽安心できる健康長寿者会▽新幹線のとまる町としての駅周辺整備の促進▽芸術、文化、スポーツの振興▽生活環境の整備▽住民サービスの向上▽市町村合併の推進─の9項目を政策として発表した。

 市役所改革では「市役所がお役所的になり過ぎて、動かないという声が市民に多い。市民の目線に立った役所であるべきで、役所が率先して市民と一緒に活動し、市民に頼れる役所、役立つ市役所になるための改革を実施したい」と述べた。その上で▽情報公開と説明責任による開かれた市政▽親切、ていねい、果敢な挑戦、仕事のスピードアップなど職員の意識改革を図る▽出前市長室、各種団体との定期的な懇談会など民間の知恵と発想を生かした市政の展開▽市町村合併を展望した行財政改革の推進▽誰でも気軽に入れるよう市長室の解放などを挙げた。

 また産業と雇用では▽地域水田農業ビジョンの策定と新しい担い手としての集落営農組織の再構築▽地産・地消による畑作物の振興と産地形成▽中沢工業団地を活用した企業誘致の促進▽新起事業の開業に対する支援▽各種事業の地元企業発注システムの構築▽医療と福祉、健康分野での雇用創出などを挙げた。

 子育てしやすい環境では▽救急・休日医療分野の充実と乳幼児医療費の軽減▽保育園、幼稚園、放課後児童クラブの充実で子育てと仕事の両立支援▽保育や教育費の経済的負担の軽減▽地場産食材を最大限活用できる給食センターの改築▽国際教養大学との連携による教育プログラムの新設と国際交流の推進などを挙げた。

 安心できる健康長寿社会では仙北組合総合病院の早期改築やボランティア・地域資源を生かした住民参加型の介護保険制度の充実、在宅介護の支援強化と施設入所待機者の解消に努める、バリアフリー社会への具体的な行動などを述べた。

 新幹線のとまる町としての駅周辺整備の促進では「大曲駅周辺は郡部の人たちにとっても駅周辺であり、その利便性を高めなければならない」などと強調し、駅東線の早期完成と300台無料駐車場の設置など駅東周辺整備の促進で新しい大曲の顔づくりや黒瀬地内中通線のアンダー化の早期着工で東西の連絡強化などを挙げた。

 芸術、文化・スポーツ振興では生涯学習の推進による文化活動の強化、雄物川河川敷スポーツゾーンと総合スポーツ公園を連結させ、全市民が参加できる地域総合スポーツクラブの創設、そして花火の町としての文化の創造を挙げた。

 生活環境の整備では公共下水道の整備、農村集落排水と合併浄化槽による下水処理の促進で快適な生活環境の確保、そして玉川ダムの工業用水転用で安価で安定した上水道の水資源確保を重点施策とした。

 このほか、市役所に休日窓口の設置や図書館など公共施設の利用時間の改善、遊休地を利用した市民農園の整備、そして進行中の合併協議会の議論を前提に市民参加による新しい地域づくりの推進を公約とした。

 玉川ダムと太田町の真木ダムとの関連については「水資源確保のため大曲市も真木ダム建設促進協議会に入っているのは分かるが、真木ダムの建設はいつになるのか不透明。さらに真木渓谷は優れた自然環境にあり、そこに人の手を加えるべきでないとの考え方もある。玉川ダムの工業用水の一部を上水道に転用することこそお金もかからないし、自然環境を守ることにもなる。心配される洪水調整は地元企業による河川改修で充分対応できるし、玉川ダムの水を転用することこそ現実的でないか」と述べた。

 また進められている市町村合併に関しては「行政としては住民説明会も広報資料も流したというが、これまでの動きは行政主導で進められたという市民の声が多い。もっと住民参加型の合併を進めるべきだ」と述べ、「市長に当選しても残された任期は1年半だが、自分としてはその方向で進めたい」と語った。さらに市町村合併が東部と北部、そして大曲市とその周辺7町村の3つに分かれたことに関しては「それぞれ歴史的背景があって、真剣に考えた上での結論と思うし、静かに見守りたい。ただいつでも3つが話し合える空気は保ちたい」と将来一つになる可能性もあることを見越した。

 栗林氏は衆院議員として活躍した故・栗林三郎氏の二男として生まれ、横手高校、上智大学経済学部卒。出版社「プレジデント」に入社後、1976年12月から父・三郎氏の国会秘書、細谷昭雄代議士秘書を経て、87年、二度目の県議選で初当選。90年、参院に転出した細谷氏の後継者として県議を辞任して衆院選に出馬したが落選。93年に再度衆院選に立候補したが当選を果たせず、94年には社会党を離党し、草の根運動を展開。そして95年4月の県議選に再度立候補し、県議に復帰、3期目を迎えていた。