選挙カーを追う(1)
御法川氏=走る、走る、そして対抗意識を燃やす(11月3日・月)
マニフェスト(政権公約)の選択か、自民、民主の政権交代がなるかを焦点に先月28日、公示された総選挙もいよいよ終盤となった。秋田3区からは届出順に無所属・新人の御法川信英氏(39)=大曲市=、自民党・前職の村岡兼造氏(72)=本荘市=、共産党・新人の我妻桂子氏(49)=横手市=の3候補が激しい選挙戦を展開している。3候補の選挙カーを追ってその戦い振りをレポートする。
31日から1日までは村岡氏の本拠地である本荘・由利地方を回った。その印象を「意外と感触は良かった。出てくれる人は少ないが、『負けるなよ』と声を掛けてくれた人たちには自分に向けた勢いを感じた」と話す。
先導車、選挙カー、そして随行車合わせて5台の車列となって、まず横手市金沢に入った。ウグイス嬢は声に力を入れた。「今度は御法川。今度こそ御法川」。生きていたら小選挙区から出馬する予定だった父・英文氏の「無念さ」を有権者に訴えたいという狙いも込めたものだろう。選挙カーの運転席には父の遺影も飾っている。「弔い合戦」の思いがウグイス嬢の「今度こそ」の叫びへとつながった。
金沢地区では軒並み人が出てきた。スーツに運動靴姿の御法川氏は車から下りるとサッと走った。若葉色のジャンパーを着た女性スタッフも後を追う。随行車の窓も開けられ、運動員が盛んに手を振る。田んぼ、畑、そしてリンゴ畑。一人でも手を振る姿を見つけると車から下りては風のように走る。相手の手を握りながら「奥さま。よろしくお願いします」。頭を下げ、腰を低くして訴える。フットワークの軽さ、人心を捉えるうまさを見せた。
車は横手市郊外の農村部を縫うように走った。好天に恵まれたこの日はどこでも大歓迎を受けた。家族総出で出迎える姿もあった。感激したように走っては握手を求める御法川氏。「自分の運動は足を使って走ることです。相手候補は大勢の有権者を集めてあいさつし、握手できるでしょうが、こちらは自分でアピールするしかない」と話す。大粒の汗を流しながらも、苦しい表情は片時も見せない。むしろ選挙を楽しんでいるような爽やかな笑顔を絶やさない。出迎える有権者の好意的な励ましが励みになっているからだろう。
リンゴ畑で働いていた60代の主婦は「あの人のお父さんは一生懸命、あきたこまちを東京で宣伝してくれた。秋田の農業は何と言ってもコメとリンゴ。農政で頑張った親の後を引き継いで、息子さんにも頑張ってもらいたい」と期待を寄せた。
昼には横手市赤坂の事務所に入った。そしてマイクを握って青空集会となった。100人を超える支持者が集まった。御法川氏は「今度の選挙で私が訴えているのは世代交代です」と叫んだ。「39歳だからいいとか、70歳を越えているからダメだとかではない。ものの考え方、政治のやり方が新しいか古いかだ」と訴え、「公共事業は景気対策のためにやるのではない。必要とするものを政府が造る。それだけの問題だ。道路が欲しい。橋が欲しい。こう言う住民の願い、地域の願いをかなえていくのは政治家として当たり前のことだ。そのために予算を獲得するのも当たり前のこと。しかし、その予算を持ってきた後で口利きがあったり、締めつけがあったり。そう言うことをやっていく時代ではない。そんなことでは秋田は良くならない。日本も良くならない」と世代交代の必要性を強く訴え、対抗意識を燃やした。そして「私の父は農業に一生をささげた。この地域の農家の方が安心して経営できる。安定した収入が見込める。そういう仕組みをまずつくっていきたい」と農政の充実も強調した。
御法川陣営では「巨大な組織力を持った村岡さんとの戦いだが、負けているとは思ってない。コスタリカ方式を一方的に解消された理不尽さ。父・英文氏の親分であった森前総理を大曲に呼んで、ウソで塗り固めた応援演説をさせ、支持者を逆なでしたやり口からも同情の声が集まっている」と話す。ただ「この6年間、全く選挙をやってないので各市町村ごとに読めた票がサッパリ読めなくなった」と嘆く。