衆院秋田3区、ベテラン・村岡氏敗れる
御法川氏「秋田を良くしようとした皆の勝利」(11月9日・日)
衆院秋田3区は初陣の御法川氏が制す。第43回衆院選は9日投票が行われ、即日開票されているがNHKなどテレビ報道各社は午後9時55分、開票状況、出口調査などの結果から、秋田3区は新人で無所属の御法川信英氏(39)=大曲市=が「当選確実」と報道された。JR大曲駅前に設けられた御法川氏の選挙事務所ではテレビ報道で当確を知った市民らが次々とお祝いに駆けつけ、当確の報道で「ありがとうございます。ありがとうございます」と感泣の声を挙げながら事務所に顔を出した御法川氏を「ノブちゃん。やった!。勝った。バンザイ」と揉みくちゃにして祝福した。
当選9回、運輸大臣、内閣官房長官など華麗な経歴を持ち、自民党の重鎮でもある村岡兼造氏(72)=本荘市=と無所属での対決は、父・英文氏の無念を晴らしたいと〃弔い合戦〃のイメージを全面に出したとは言え、マンモスとアリの戦い、〃蟷螂(とうろう)が斧(おの)〃を振りかざしたような心もとなさを感じさせたものだった。
御法川氏は7月28日の出馬に向けた記者会見と同時に自民党籍を離脱。コスタリカ方式で今度の衆院選からは父・英文氏が小選挙区から出る番となり、それを支え、応援しようとした仙北郡内の多くの町村長も立場上、この段階でたもとを分け、村岡氏を応援せざるを得なくなった。長男・信英氏の出馬は孤立無援での戦いという厳しい状況に追い込まれた。
さらに公示が目前に迫った10月15日には村岡陣営が大曲市で総決起集会を開催。大曲市仙北郡内の市町村長を来賓に1800人も集まったその会場に故・英文氏の派閥の親分で、英文氏の葬儀委員長まで努めた森喜朗前総理が応援に来るなど追い打ちも駆けられた。
しかし、これがかえって御法川支持者の心情を逆なでし、最終的に総括責任者を引き受けた高貝久遠太田町長も「来る方も来る方だが、呼ぶ方も呼ぶ方だ」と唾棄した。そして「何がなんでも」と弔い合戦をもり立てる悪循環となった。同情も集まり、御法川氏に寄せる大曲・仙北の怒りと「世代交代」を訴える39歳の若さへの期待が「雄平仙(雄勝・平鹿・仙北)から政治の灯を消してはならないと」広がった。点から始まった運動は「今度はみのりかわ」の声となって草の根が伸び、線となり、面となった。
そして選挙戦の最中に報道各社の世論調査が出た結果、御法川氏は村岡氏を激しく追い上げ、一部では「互角の戦い」とも報道された。これによって「勝てるかもしれない」と追い風にもなって終盤、さらに運動を盛り上げた。運動最終日の8日、御法川氏は午前中は仙北町を回り、昼前に大曲市に入った。午後3時過ぎからは駅前商店街のメーンストリートを歩いて遊説した。市民からは熱狂的な歓迎を受けた。夕方には角間川町も歩いた。足を引きずりながら握手を交わした。
若さへの期待。それが政治に無関心だった若い人たちへの共感にもつながり、御法川氏の持つホームページからも支持の輪が広がった。新しい風が御法川氏に吹いた。吹き飛ばされそうだった〃蟷螂の斧〃が、ブルドーザーのような巨大な斧になった。
当確が決まった御法川氏は事務所で支持者に揉みくちゃにされながらもマイクを握ると「この勝利は私の勝利ではなく、私と家族を支えてくれた皆の勝利です。そして秋田を良くしようとした皆の勝利です」と興奮気味に喜びの第一声を挙げた。大ベテランである村岡氏と勝てたことに対しては「感激です。嬉しい。意外だったのは本荘・由利でも接戦だった。終始一貫して人を変えないと政治は変わらないと訴えた結果だ。これからは若い人にやって貰わないとと励ましてくれた年配の人がいっぱいいた」と感想を述べた。
大曲市の開票結果は御法川氏1万6511票、村岡氏4641票、共産党の我妻桂子氏(49)=横手市=は1193票だった。3区全体の開票率99%の段階で御法川氏13万3981票、村岡氏11万7453票、我妻氏1万8276票だった。(午後10時50分現在)。