初陣・御法川氏が当選
村岡氏は引退を表明、世代交代へ(11月10日・月)
衆院秋田3区は初陣の御法川氏が制す。第43回衆院選は9日投票が行われ、即日開票の結果、秋田3区は新人で無所属の御法川信英氏(39)=大曲市=が13万3981票を獲得、自民・前職の村岡兼造氏(72)=本荘市=11万7453票で、村岡氏に1万6528票の差をつけて競り勝った。共産党の新人・我妻桂子(49)=横手市=は1万8276票だった。
午後9時55分ごろ、テレビ報道で御法川氏が「当選確実」と報道されるとJR大曲駅前に設けられた選挙事務所には次々と市民らがお祝いに駆けつけた。当確報道で「ありがとうございます。ありがとうございます」と感泣の声を挙げながら事務所に顔を出した御法川氏を「ノブちゃん。やった!。勝った。バンザイ」と揉みくちゃにした。(本紙から=記事の内容は一部が9日夜掲載のものとダブります)
当選9回、運輸大臣、内閣官房長官など華麗な経歴を持ち、自民党の重鎮でもある村岡氏と無所属での対決は、この4月に亡くなった父・英文氏の無念を晴らしたいと〃弔い合戦〃のイメージを全面に出したとは言え、マンモスとアリの戦い、〃蟷螂(とうろう)が斧(おの)〃を振りかざしたような心もとなさを感じさせたものだった。
御法川氏は7月28日の出馬に向けた記者会見と同時に自民党籍を離脱。コスタリカ方式で今度の衆院選からは父・英文氏が小選挙区から出る番となり、それを支え、応援しようとした仙北郡内の多くの町村長も立場上、この段階でたもとを分け、村岡氏を応援せざるを得なくなった。長男・信英氏の出馬は孤立無援での戦いという厳しい状況に追い込まれた。
さらに公示が目前に迫った10月15日には村岡陣営が大曲市で総決起集会を開催。大曲市仙北郡内の市町村長を来賓に1800人も集まったその会場に故・英文氏の派閥の親分で、英文氏の葬儀委員長まで努めた森喜朗前総理が応援に来るなど追い打ちも駆けられた。
しかし、これがかえって御法川支持者の心情を逆なでし、最終的に総括責任者を引き受けた高貝久遠太田町長も「来る方も来る方だが、呼ぶ方も呼ぶ方だ」と唾棄した。そして「何がなんでも」と弔い合戦をもり立てる悪循環となった。同情も集まり、御法川氏に寄せる大曲・仙北の怒りと「世代交代」を訴える39歳の若さへの期待が「雄平仙(雄勝・平鹿・仙北)から政治の灯を消してはならないと」広がった。点から始まった運動は「今度はみのりかわ」の声となって草の根が伸び、線となり、面となった。
そして選挙戦の最中に報道各社の世論調査が出た結果、御法川氏は村岡氏を激しく追い上げ、一部では「互角の戦い」とも報道された。これによって「勝てるかもしれない」と追い風にもなって終盤、さらに運動を盛り上げた。運動最終日の8日、御法川氏は午前中は仙北町を回り、昼前に大曲市に入った。午後3時過ぎからは駅前商店街のメーンストリートを歩いて遊説した。市民からは熱狂的な歓迎を受けた。夕方には角間川町も歩いた。足を引きずりながら握手を交わした。
若さへの期待。それが政治に無関心だった若い人たちへの共感にもつながり、御法川氏の持つホームページからも支持の輪が広がった。新しい風が御法川氏に吹いた。吹き飛ばされそうだった〃蟷螂の斧〃が、ブルドーザーのような巨大な斧になった。
御法川事務所ではテレビの開票速報で終始、御法川氏が優勢と報道されると高貝太田町長、大曲市の渡部英治、西木村の門脇光浩両県議、大山利吉事務局長らがガッツポーズを取って「行ける。このまま勝てる」と喜んだ。午後9時ごろには栗林次美市長も駆けつけた。
そして当確が決まって事務所に顔を出した御法川氏は支持者に揉みくちゃにされながらも壇上に上がって何度も頭を下げた。「ノブ、ノブ」のコールが湧く中、マイクを握った御法川氏は「この勝利は私の勝利ではなく、私と家族を支えてくれた皆の勝利です。そして秋田を良くしようとした皆の勝利です」と興奮気味に喜びの第一声を挙げた。壇上には母の憲子さん(66)、そして父の遺影を手にした弟の憲司さん(33)も上がって深々と頭を下げた。大ベテランである村岡氏と勝てたことに対しては「感激です。嬉しい。意外だったのは本荘・由利でも接戦だった。勝てたのは終始一貫して人を変えないと政治は変わらないと訴えた結果だと思う。これからは若い人にやって貰わないとと励ましてくれた年配の人がいっぱいいた」と感想を述べた。
また総括責任者の高貝太田町長は「野球に例えたら9回裏でツーアウト、満塁でホームランを打って大逆転したようなものだ。相手が大物過ぎた」と手放しで喜んだ。
それにしても御法川氏を勝たせた原動力となったのは大曲市仙北郡の圧倒的な支持だった。大曲市では御法川氏1万6511票に対し、村岡氏は4641票。コスタリカ方式で故・英文氏の応援を得た前回は1万3327票だったのが、その3分の1までも減らされた。郡内13町村でも御法川氏が圧倒し、13町村での得票が4万4008票だったのに対し、村岡氏は2万2313票に過ぎなかった。本荘・由利では村岡氏4万4341票に対し、御法川氏が2万3082票は仕方ないにせよ、金浦町や象潟町では互角に近い戦いも見せた。そして横手・平鹿ではほぼ互角、雄勝では御法川氏が競り勝った。
唯一の女性候補として健闘が期待された共産党の我妻氏はこの二人の戦いに埋没し、党勢を守るのに精いっぱいだった。村岡氏は「政界から身を引く」と引退を表明した。当選9回。郵政大臣、運輸大臣、内閣官房長官など輝かしい経歴で秋田新幹線、秋田自動車道の建設、西仙北町強首の輪中堤など大きな功績を残した。
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当・御法川信英(無所属・新) | 村岡兼造(自民・前) |
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