森前総理の演説を否定
「父が比例をお願いしたことはない」と反論(10月17日・金)
衆院選秋田3区から無所属で出馬表明している故・御法川英文元代議士の長男・信英氏(39)は17日、大曲市のエンパイヤホテルで記者会見し、14日の村岡兼造前代議士の同市での総決起集会で応援演説した森喜朗前総理の話を巡って、「森先生の演説には私の父の名誉にかかわる部分があり、発言させてもらいたい」と事実関係に違いがあると指摘した。信英氏は「森先生の演説を聞かせてもらった。その中で、父が森先生を訪ねて、次の衆院選でも比例からの出馬をお願いした言っているが、森先生の方が3月5日に父の議員会館に訪ねてきた」と述べると同時に「演説では森先生は2回、父を見舞ったと言っているが、父が国立ガンセンターに入院したのは3月13日で、森先生が見舞いに来たのはその翌日の1回だけだった」と違いを明らかにした。
そして6月29日の御法川氏の葬儀で葬儀委員長を務めた森前総理がその弔辞で「今年3月、入院先の病院にお見舞いした際には『次は小選挙区での選挙なので何としても元気で戦いたい。必ずや健康を回復したいと話されておられた』」と森氏自身が筆で書いた弔辞のコピーを示しながら、「父が森先生、村岡先生に比例からの出馬をお願いしたというが、私も家族も、事務所も後援会の方も一回もそのような話は聞いてない。父は『死んでも小選挙区で頑張る』と言っていた」と森前総理の大曲市での演説内容を否定した。一方で御法川氏亡き後、信英氏は森氏と二人で二回会ったことを認め、衆院選への出馬は「村岡先生が引退するまで待ったらと言われたことは事実だ」と認めた。
さらに今回の出馬は「3区秋田に新しい政治、政策を持って頑張りたいと決意した」と述べ、政治家として取り組みたい課題を「政と官の問題だ。自民党は55年体制の中で長い間政権にいて、霞が関、中央省庁と深い関係でやってきた。そのひずみが大きく、その意味で政と官の間で緊張感が薄れた。自民党がいいとか民主党がいいとかではなく、政と官が緊張感を持っていくのが大事だ」と主張した。
そして「選挙は無所属だが、無所属では何も出来ないし、それを貫くことは不可能であり、どの政党に入るかは選挙後に考えたい」と述べた。また人口の減少、少子高齢化、雇用の問題、自殺率の高さなどを挙げ、「このままでは秋田はダメになっていくとの危機感もあって立候補を決意した。政治の実績は何もない。でも今までだってだめじゃなかったか。だから私にやらせて下さい。新人が言えるのはそう言うことではないか。蟷螂(とうろう)の斧(おの)のような事を言うが、実績を言う前職で秋田は良くなったのか」と挑戦意欲を示した。
さらに「公共事業は必要だ。ただなべつまくなしに造ればいいの時代ではなく、何を優先するかが大事だ。同時に公共事業に関連する企業に携わっている方が政治とつながりを持つのは良くない」と政治へのクリーンさを求めた。そしてこれまでの小集会や座談会を通じて得た感触は「勇気づけられている。若い人からも年配の人たちからも、頑張って欲しいと言われている」といいムードで浸透している自信を見せた。