子どもの自立を考える集い

フリースペース To Be主催

登校拒否文化医療研究所の高橋所長の講演から(1)=4月26日・月=

 大曲市のボランティアグループ「フリースペース To Be(事務局・日本キリスト教団大曲教会)」主催の「子どもの自立を考える集い」が25日、同市の中央児童館で開かれた。講師で登校拒否文化医療研究所の高橋良臣所長は「対人関係の進展と心の成長〜〜子どもの自立を支援するために〜」と題して講演した。登校拒否に悩む親やボランティアの方など11人が熱心に聴講した。高橋氏は「小学校を卒業し、中学校に入ってから登校拒否となる子どもが急激に増えている。小学校での子どもたちへの緩い管理が、中学校になると厳しい管理と急変し、それに圧迫され、抵抗、反発して登校拒否となっている。小学校と中学校との連携がうまく取れてない」と警鐘をならした。講演内容を2回にわたって報告します。

【現在の思春期の特徴】
 思春期とは急激な第二次性成長が始まり、終了する頃までを指します。その時期に、子ども集団の環境は小学校から中学校へ、中学校から高校へと変わります。転校も含めると更に多くなります。その変化に平行する形で対人関係も変わります。環境と関係が変われば、心も変化します。その変化に対応できるようになっていく(成長)のも思春期の特徴です。変化に対応するには、生理的な成長だけでは不足です。心の成長が必要です。心の成長には理想的な対象が必要です。反面教師でも構いません。例えば武田信玄は父親のような人間にはなりたくなかったようです。戦国の人としては、父親とは反対のきめ細やかな政治家だったと伝承されています。思春期の子どもたちには、出会い、触れ合うことができる理想のモデルが必要です。空想や幻想や架空のモデルではありません。

 講演する高橋所長いつの時代でも共通しているのは「自分を大切にしてくれる頼りになる人」を求める子ども心です。そのような人が理想化自己対象の相手です。

 1.理想と空想や幻想の世界の区別‥‥困難な理想化自己対象探し

 子どもの理想は実際にかかわっている人で、その子どもが希望するような人間から影響されます。子どもは自分が憧れるような人を基準(対象)に人間成長を目指します。対象となる人は子どもの希望をかなえてくれる人です。子どもの言動に関して、褒めてくれたり、支えてくれる人です。あるいはできている部分を認めてくれる人です。

 現実にかかわって暮れている人ですから、いくら好きになっても、その人が空を飛んだり、宇宙にまで行って何かをするような空想や幻想は抱きません。残念ながら、褒めたり支えたりするようなかかわりが、できない人(大人)が結構、いるのです。

 例えば身近な親は忙しくて、子どもの姿さえ十分には観ていない場合があります。話しも聴いていない場合があります。モデルになるような教師についても同様です。部活動の先輩も自分自身のことで精いっぱいです。同級生も似たりよったりです。例えば登校拒否・不登校状態になった場合、その子どもとのかかわりを継続できる同級生は滅多にいないことからも推測できます。ほとんどの子どもが自分のことだけで精いっぱいなのです。

 家族との触れ合いが減少し、学校での同期生や先輩との関係が希薄になり、教師もモデルにならず、周辺に居る大人の姿もほとんど見ることがないような環境で、子どもの自己の成長のための実在のモデルを見つけることはかなり困難です。あるいは子どもが「自分はどんな人」かを理解できるように写し出すために協力できる人も滅多に存在しません。 仕方がないからゲームや空想的な架空の物語から理想化自己対象探しをしてしまうのです。それは現実の良好なモデルとしての理想ではなく、架空であり空想であり幻想であって、心の成長にはかなり危険なやっかい者です。

 2.自分で環境を整える(作る)ことができない時代

 乳幼児の環境は親たちの力量で決定されます(J.ボウルビー)。思春期になって子ども自身が自分の環境を形成するようになります。例えば部屋のカーテンを変えるとか、机は照明付きのものにするとか、個人用にテレビを入れるかなどが検討されます。ところが検討する相手が十分な時間を持てないのです。部屋の模様替え程度なら、たいした問題にはならないかもしれません(大いに問題にする人も中にはいます)。子どもが子ども社会の環境を作ったり整えるようなことはあまり認められません。「危ないから駄目」「大人がついていられないから駄目」「何が起こるか分からないから駄目」といった具合に「駄目」がついて回ります。

 具体的には「A高校を受けたい」子どもに対して「あなたの成績では、せいぜいB高校がやっとだから、A高校は諦めなさい」という親や教師。「受験で失敗させたくないから(親切で)言ってるんだよ」と諭しても「落ちてもいい。B高校へ行くのは怖い。あそこは乱暴な子が多くて、受かっても通えそうもない」。しかし、ほとんどの大人はB高校の環境については取り上げません。

 「部活の先生がひどい先生で人前で恥をかかせるんだ。部活を止めたい」「そんなこと言わないで、もう少し頑張ってみなさい」「別の部活にはいい先輩がいて雰囲気もいいんだ」「そんなことで社会に通用すると思うのッ」‥‥というように、子どもが自分に合う環境を整えようとしても、親や教師はなかなか認めようとはしません。そのようになる背景には、心のどこかに「厳しくしなければ子どもは自立していけない」と言う古びた常識(M.マーラー以来の厳しく育てようと言う常識)があります。しかし、子どもは安全が保証され、理解され、認められ、褒められれば、自分で自分の環境を整え、自分に合う社会性を身につけ、相互依存ができるようになっていくのです。(H.S.サリバン、D.スターン、H.コフートらの新しい対人関係療法派、自己心理学派=分析派、及びC.ロジァースらの来談者中心療法派)。新しく生まれる自己感が積み重なり、それぞれの人間性に合う自立をしていくというのが彼らの考えです。それにしても支えがないとか、自分なりのやり方や方向性を認めてもらえないという状況では、作られた自己しか生まれてきません。指示され指図されたのでは作られた自己しか生まれません。より良くしたいという積極的な欲望は消極的になっていきます。

 3.現代社会の対話

 ほとんどの人が仕事や学業以外の関係者とは対話を余りしていません。「父は営業の仕事をしているのですが、家族とはあまり口をききません」‥‥どういうひTか会ってみたくなりますよね。「母は家族以外の人とはお付き合いをしていません。私の世話ばかりを焼いています」‥‥いくら専業主婦であっても、社会はもっと広いですよね。でも、そのように言う子どもが結構、いるのです。音楽の話、タレントの話、映画の話などになると全く分からず、対話にならない親や教師がいるのです。狭い範囲の社会で生きているのです。家庭環境がそのように狭ければ、子どもがかかわる人々も狭い範囲の人々とのかかわりに限定されます。その社会でしか通用しない対話から獲得できる語彙(ごい)は貧困です。豊かな語彙は豊かな精神の発達に帰依するはずです。しかし、子どもの立場になって考えてみれば、親や教師たちが整えた環境の中から、はみ出そうものなら、たちまちのうちに「悪者」扱いされてしまいますから、「何もしないに限る」子どもが多くなってしまうのです。そのことはやがて「何をしたいのか分からない」子どもを作ってしまいます。 子どもは甘えたいのです。私自身も昔、ガンになった時、やはり甘えられる人がほしかったものです。この歳になってもですよ。人間とはそうした弱いものです。褒めてもらいたいものですし、不安があれば依存したいのです。大切にしてもらいたいのです。そのような状況の対話が実現していくことで子どもは自立の方向へ進んでいきます。対話はものすごく必要なのです。

【現在の思春期の特徴】

 4.身体の成長と心のバランス

 生理的な性成長は著しく早くなってきました。思春期の発来も個人差が大きくなってきました。そのことで、外見を気にする子どもも増えています。自分の身体変化を心で受け止める作業が追いつかなくなっているのです。いつまでも身体を気にしてしまいます。母子関係から自分の身体を自覚できるようになると言われてきました。しかし、性成長を遂げている最中には、自分の心(母子関係ではなく)「これも自分である」という自我が生まれると言われてきました。‥‥J.フロイト‥‥自体愛から自我形成へ‥‥自我心理学の立場で。そのような意見もあります。

 対人関係でいえば、思春期に自分が理想とする自己対象がいないと、不安や恐れを強く抱くようになります。自分の身体的な変化に関して、自分が尊敬してやまない相手が「いい成長をしているね」という言葉を向けてくれれば、子どもは自分の性成長をも受け入れていくことができるようになります。子どもが尊敬し、信頼している周囲の人々からの温かい眼差しが必要です。そして、その子どもが望むような適切な表現で、身体変化を伝えると、子どもは自分の性成長を歓迎できるようになります。

 適切な相手が見つからず、自分の急激な性の変化に直面し、対応することはかなり困難な作業となります。特に性成長に伴う衝動性に関しては、身体外部への表出が必要になります。表出しても良い対象が存在しない場合、衝動は自分自身へ向けざるを得なくなります。

 そこで起こることは摂食障害、手首を切るリストカット、対人恐怖、不潔恐怖、醜形醜貌恐怖など神経症のような状態に現れてきます。自分の心身を攻撃し、社会から撤退していく状態になってしまうのです。

 また、適切な発散相手がいない場合には、性欲を歪んだ形で作ってしまいます。幼児性愛嗜好、ストーカー、嗜虐的な性愛、専制君主的な対人関係、行為障害などで現れます。
 中には自己の性成長を呪う人もいます。「男(女)に生まれなければ良かった。異性とは対面できない。同性なら大丈夫だそうだ。安心だ」。一部の同性愛タイプの人おん中にはこのような人もいる場合があります。

 もちろん性成長に関しても理想化自己対象の影響は大きいはずです。しかし、現実の生身の人間を理想化自己対象に発見できない場合、空想や架空のポルノ的な性感覚にまで心を歪めてしまう場合もあります。「男なんかどうせ、女の身体しか求めていないんだ」、「女なんか、強引にセックスしてしまえば、後はどうにでもなる」といった心の歪みが起きてきます。
 そのような事件が後を絶ちません。人と人との心の触れ合いがどれだけ性成長にも大切か、理解していれば、このような事件は起こらないはずです。

 5.対人関係が希薄になっても平気?‥‥鬱陶しい人々

 人と人が触れ合う機会の減少。人と人が触れ合う時間の減少。人と人が触れ合う共通の場の減少。これらの要因の減少は、かなりの生活の部分が一人でもできてしまうような、ある種の便利さがもたらした現象です。かつての生活は家族全員の参加で成り立ってきました。掃除をするにしても掃除機が一台あれば一人でできてしまいます。炊事にしても同様です。家族総動員で夕食の支度をするような状態から、電子レンジで数分の調理で済む時代になっています。余った時間を家族の対話に遣うわけではありません。それぞれに別々のことをしています。観たいテレビ番組の選択肢が多くなった現在では、一人ひとりが別々の番組をそれぞれの部屋で見ています。食事時でも子どもは頻繁にかかってくるメールに夢中になっていて、親子の対話にまでは進展しません。実際に子どもたちのメールは午後4時過ぎに急激に多くなり、深夜まで続きます。

 幼い頃から人とかかわる体験不足が生まれます。即時的な会話でなく、文字によるメールのやり取りの方が楽だと思う子どもは増えています。理由は「変なことを言われたり、何かあってもさぁ、考えてからメールを送り返せばいいじゃん。相手が目の前にいたら、すぐ答えなきゃなんないし、考える暇ないじゃん」なのです。対話は即時的です。それだけ相手を尊重し、真剣に向かい合わなければなりません。相手を大切にするという心が豊かでなければ、対話はできません。‥‥マルチン・ブーバー‥‥我と汝。

 本来は思春期にたくさんの人と出会い、理想化自己対象をたくさん獲得することで、心が豊かになり、社会参加の可能性も広がるという成長ができるようになるのです。現在は人といると落ち着かなくなり緊張が生まれ、疲労する子どもが増殖中です。一人でいると自分が誰だか分からなくなり、変な気持ちになるという矛盾する心の歪みも生まれてきます。
 単なる口下手という程度では済まされなくなります。そう言う場合、メールなどで過激な内容の文字を送り、相手の強い関心を向けさせようとする暴挙に出る場合もあります。その子どもの心の状態とは掛け離れた表現で‥‥。

 6.自分の好きにする‥‥理想ではなく、勝手気ままに

 真の理想化自己対象になり得る人がいないことや、対人関係や環境の特別な事情から、混乱を起こし、何をしたらいいのか分からない子どもや、何をしたいのか分からない子どもたちに対して、親や教師は「あなたの好きなようにしていい」と言います。現実が分からなくて混乱している子どもに現実を示していません。このような原則的な答えでは子どもの混乱は収まりません。一見、正しい答えのようですが中身がありません。

 「私もそのように困ったことがあったよ」「そうなの?お父さんでもそんな時期があったの?」「うん、その時は生活優先でやることを決めてしまい、やりたい音楽ができなくてねぇ。ちょっと悲しかった」「何だ、お父さんも音楽をやりたかったの?僕もだよ。でもさぁ、音楽では食っていけそうもないからさぁ、困って、考えていたんだ」「そうかぁ。お前もお父さんと同じだったんだぁ」‥‥こんな対話をしてみたら子どもは「お父さんは家族のために生活を優先させた人だ。すごい」という気持ちに少しはなると思います。この場合、お父さんは子どもにとって、自分を写し出す鏡のような自己対象になっているのです。理想であるかどうかは分かりませんが、少なくても子どもは現実の悩みに取り組むことができるようになっていきます。このような対話からは子どもが「好き勝手にする」方向には向かわなくなっていきます。仮に「悩んでいないでやることをさっさとやればいいんだ。お前のやることは勉強だろう。勉強さえやっていれば大学でも行ける」と決めつけたとしたらどうなるでしょうか。子どもの悩みは深刻になるばかりです。「こんなことで悩んでいるのは自分だけ」で「自分は駄目な自分」であると思い込んでしまいます。

 子どもとの対話の時間を十分に取り、楽しい対話をして下さい。(次回は5月23日午後2時から同じ会場で。午後1時から個別面談にも応じます。連絡は0187─62─2598・横井伸夫さん)。

登校拒否文化医学研究所のホームページは下記から。

http://www.asahi-net.or.jp/~pr8y-tkhs/index.htm