新たな町「美郷町」誕生へ

千畑町・六郷町・仙南村

県内トップを切って合併協定に調印(2月20日・金)

 合併に向けての調印式千畑町・六郷町・仙南村の合併協定調印式が20日、仙南村公民館で行われた。調印式には寺田典城知事、県町村会長の石山米男増田町長、仙北郡町村会長の佐藤清雄田沢湖町長ら来賓、合併協議会長の坂本茂弘六郷町長、同副会長の藤嶋長右エ門千畑町長、松田知己仙南村長、そして3町村の議会代表と住民代表の協議会委員19人と議員、役場職員ら110人が参列。高村礼次仙南村助役がこれまでの経過報告をした後、3町村長が合併協定書に調印し、立会人の寺田知事が協定書に署名した。今後3町村議会の議決などを経て「美郷町(みさとちょう)」と名付けられた合併後の新町が11月1日、県内のトップを切って誕生する。

 調印式の後、坂本六郷町長は「3町村の調印式を滞りなく行え、喜びでいっぱいだ。これまでの道のりは平坦ではなかったが、合併するんだとの熱意と昔から共通する郷土意識があって実現した。これからも新しい地方自治、新しい社会に向かって地域住民一体となって他に自慢できる町づくりに努めたい」と述べた。続いて藤嶋千畑町長は「新町の建設計画には住民の声を取り入れ、地域格差のない均衡のあるものを作成した。その計画に基づいて各種事業を着実に実行して行くことこそ地域住民の福祉の向上につながる」と訴えた。最後に松田仙南村長は「懸案であった新町の町名は『美郷町』となった。この名前に負けない美しい里づくりに取り組みたい。そのためには見えない壁を取り除く努力が必要であり、3町村を結ぶイントラネットも整備された。これからも様々な形で3町村の交流を深め、地域が一体となっての住民福祉の向上に結びつけたい」と決意を述べた。

 寺田知事は「本日の調印は県内の『平成の合併』の先駆けとなる調印であり、本県の新たな時代の到来を予感させる歴史的な瞬間だ」と述べ、「他の地域もこれを模範に合併協議を加速させるもの」と期待感をにじませた。そして「長い歴史を刻んだ町や村がなくなることには一抹の寂しさを感じると思うが、経済は依然として厳しく、少子高齢化で将来への不安は増すばかり。加えて国・地方の債務残高は719兆円にも及び、閉塞間がこの国を覆っている。市町村はもはや小手先の改革ではなく、大胆に変わらなければチャンスは生まれない。合併はその意味で最も賢明な選択であり、改革だ」と述べた。

 3町村は02年10月に仙北東部合併研究会を発足させ研究会を2回開いた。そして11月には任意の仙北東部合併推進協議会とし、03年2月まで5回の協議会を重ねた。3町村の議会も2月に臨時議会を開いて合併に向けた法定協議会設置を議決。その上で2月28日に法定の「千畑町・六郷町・仙南村合併協議会」設置の調印式を行った。そしてこれまで12回の協議会を開いて地方税、職員の身分、条例規則、事務組織、国保事業、消防団、介護保険、水道、建設、商工観光事業など様々な事務処理をすり合わせてきた。

 その結果、合併の方式は千畑町、六郷町、仙南村を廃し、その区域をもって新しい町を設置する「新設合併」とすることにした。そして合併後の新町の事務所は当分の間、現在の六郷町役場とし、それぞれの役場を千畑庁舎、六郷庁舎、仙南庁舎とすることにした。その上で各庁舎には地域の行政課題に総合的に取り組める「(仮称)総合窓口・地域振興課」を設置し、住民サービスに支障を来さないよう配慮する方針も固めた。そして千畑庁舎には議会と同事務局、それに監査委員、教育委員会、税務課、住民生活課、福祉保健課を配置。六郷庁舎には町長公室と助役、総務課、選管、企画課、商工観光課を配置。仙南庁舎には収入役、出納室、そして国体準備室、農政課、建設課、農業委員会とその事務局を配置することでまとまった。

 議会議員の定数は22人と決まったが、合併特例法を適用し、05年9月30日までの11カ月間に限って3町村の議員48人が新町の議員として在任する。農業委員会の選挙による委員は20人とし、現在の委員も合併特例法を適用して来年7月19日まで新町の委員として在任する。

 寺田知事を囲んで和やかに記念撮影もあった合併後の新町「美郷町」の建設計画は▽協働し高め合うまち▽個性を活かし、あたらしさと深さを求めるまち▽自然とのつながりを大切にし、創造性あふれるまちを基本理念に「みんなが健やかに生きるまちづくり(保健・福祉)」「みんなが活力を生み出すまちづくり(産業・労働)」「みんなが集いふれあうまちづくり(観光・余暇)」「みんなが暮らしやすいまちづくり(生活基盤・環境)」「みんながふるさとを創るまちづくり(教育・文化)」「みんなが安心してこころやすらぐまちづくり(防火・防災)」の6つを施策の柱としている。

 奥羽山脈を源にした扇状地を大地とする森と水の町「美郷町」はコンコンと湧く清水と温泉を観光資源に、さらにコメと野菜、漬け物などの地場産業をバネに人口約2万3700人の町として11月1日に誕生する。