神岡町北楢岡

稲荷神社の仁王さま

石造りの像を95年ぶりに塗り替え(7月23日・金)
 

 神岡町北楢岡地区に「大地主」といわれた鈴木多郎兵衛家の跡に町指定文化財の稲荷神社がある。この神社の一の鳥居前に石造りの仁王像が立っている。仁王さまと言えば仏さまを守る神で、普通は寺の門の両側に祭られる金剛力士像。しかし、ここの仁王像は多郎兵衛稲荷神社の守り神として建立された。神社の鳥居前に立つ仁王像は珍しい。その仁王像が95年ぶりにペンキで塗り替えられ、25日の同神社の祭典でお披露目される。お色直しされた仁王像はスッキリした顔で祭典を迎える。

 この仁王像は高さ2.2メートル。台座を含めると2.8メートルの高さとなる堂々としたもの。町文化財保護審議会長の伊藤忠温氏=同町北楢岡=は「鈴木家から大曲市角間川町の旧地主・最上広胖家にむこ入りした最上忠助が明治42年(1909年)に生家の邸内社(やしろ)に寄進したもので、仁王像の製作者は石彫刻の名工として知られた雄勝郡関口村(現・湯沢市)の千葉甚四郎だと聞いている」と話す。

  関口地区は墓石などの石材業者の多い所で知られ、伊藤氏によると神岡町の仁王像の祖型とみられる像が、今も集落の中央と東端にも立っていて、甚四郎の子孫も残っているという。

  稲荷神社の仁王像は1939年(昭和14年)の男鹿地震の際、阿像(あぞう)が足首から折れて倒れ、鉄骨で補強されて台座に上げたという。古老の記憶では建立当時は向かって右側の阿像は赤色、左側の吽像(うんぞう)は青色に塗られていたが、露座のままのため風雨にさらされ、色もすっかりはげ落ちてしまった。

  しかも風化も激しいため、このままでは像そのものが傷んでしまうと稲荷神社の講中代表の鈴木啓一郎氏(78)=同町北楢岡=が風化防止の塗装を業者に依頼。しかし、塗っているうちに昔の姿に戻せるならばと阿像は赤に、吽像は青色に塗り替えることにした。ペンキを塗っている業者は「2週間前から塗り直しをしているが、雨もあって作業が遅れた。木造の仁王像はどちらかというと西洋的な風貌だが、こちらは東洋的な感じがする。貴重な像なのでペンキも5層に重ね塗りをしている」と話す。

  講中代表の鈴木さんは「木造の仁王像はあっても、石造りの仁王像は珍しい。筋骨隆々の姿は躍動的で素晴らしいものだ」と仕上がり直前の仁王像の姿を見て満足そうにうなずく。
  稲荷神社の社殿は明治23年(1890年)、協和町峰吉川の修験寺の金比羅社を移したもので、鈴木家の広大な屋敷の東北隅に堀を回した杉林の中にあり、近所の子どもたちは当時、仁王像が怖くて近寄らなかったという。拝殿には日本画家・平福穂庵(1844年〜1890年)の兄弟子だった大坂東岳が鈴木家に寄宿して描いたという絵額が掲げられている。

  25日は午後2時から祭典が始まり、神官によるおはらいが行われる。神社は国道13号のJA秋田おばこ北楢岡出張所横の小路を入って50メートルほどの所にある。昔は怖がって近寄らなかったという仁王像だが、塗り替えられている仁王像がかわいいと二人の女の子が寄ってきて見上げた。