歌と笑いは副作用のない薬

脳卒中の障害を忘れカラオケを楽しむ

リハ友サークル=歌を通じて心と言葉の交流(6月18日・金)

 脳卒中や脳梗塞などで不自由な身体になったからと家に閉じこもらず、同じハンディを持った人たちでカラオケを歌って人生を楽しもうと、大曲市緑町のカラオケボックス「メロディー」で月2回集まってはマイクを握って交流しているグループがある。グループは「リハ友カラオケサークル」。自称会長は本紙「著名人・消息」のコーナーでも紹介している大曲市佐野町の相川武夫さん(64)。その相川さんから「今日、仲間が集まります。来てみませんか」との誘いがあった。歌を聞こうと17日午後、「メロディー」を訪問した。

 この日集まったのは男性6人に女性5人。会員は全部で15人いて、うち女性が7人。大曲市内のほか千畑町や仙北町、仙南村の人もいる。その多くは脳卒中で倒れ、左半身不随など重い障害を抱えた人たちだ。そして入院した仙北組合総合病院のリハビリ室で、お互い励まし合いながら社会復帰目指して訓練を受けた。その仲間で作ったのが「リハビリ友の会」。相川さんはその友の会の会長をやっていた。

 そして9年前、横浜市で開かれた全国脳卒中者友の会設立総会に参加。その会場で同じ病気で倒れた人が「歌と笑いは副作用のない薬だ」と題して講演。その話に感動した相川さんはリハビリ友の会の仲間に「皆でカラオケを楽しもう」と呼びかけた。こうしてカラオケサークルが誕生した。相川さんらの活動を知って3人の視覚障害の女性も仲間入りした。

 皆が集まるのは毎月第1、第3の木曜日午後1時から。会場となったメロディーも相川さんらのサークル活動に理解を示し、マイクロバスを用意して自宅まで送迎してくれる。この日午後1時半ごろ相川さんらが集まった部屋を訪ねると「来てくれるまで歌わないで待ってました」とみんなニコニコして迎えた。歌に入る前に一通りの取材をした。元病院のマッサージ師だった富士村スミ子さん(66)=花園町=は盲導犬で毎日、散歩を楽しんでいる。「このサークルは歌を通じて皆さんと言葉と心の交流ができるので楽しい」と話した。

 15人のメンバーは若い人で47歳。最高は80歳。「でも精神年齢はもっと下がります」と横で相川さん。「歌うことで言語障害がなくなった」と向かいの男性は誇らしげに報告した。そして年末は一泊の旅行も楽しみ、時には外でグランドゴルフ、スマイルボールなどスポーツもやっていると話した。

 一通りの取材を終えると哀調タップリのメロディーが流れた。小林幸子の「泣かせ雨」だった。富士村さんがトップを切ってマイクを握った。「あなたの心に誰かいる。気づいた時は遅過ぎた」と歌った。みんな大型テレビに映される映像を眺め、悲しい女心の歌に聞きほれた。続いて隣の女性がマイクを握って美空ひばりの「乱れ髪」を歌った。

 歌が終わると左手の利かない人は右手で左手の甲を叩いて拍手を送った。右手の利かない人は同じように左手の甲を叩いて拍手した。歌っている人も聞いている人も恍惚の表情だ。合間にジュースを口にしたり持参した駄菓子を交換しあったりする。みんな自分の歌える歌の名前と番号を書いたノートを持参している。そしてカラオケ機械に歌う歌のナンバーを入れる人、モニターのテレビを歌い手に差し向ける人と自然に役割も分担する。

 「夢のようです。あなたと二人、さしで飲むのは久しぶり」。名調子で女性が歌った。聞いている男性陣は「お客さん。モノを投げないで下さい」と冗談を飛ばす。

 相川さんは戦後間もなく大ヒットした岡本敦郎の「あこがれの郵便馬車」を歌った。小学生のころ、NHKの「ラジオ歌謡」で覚えた歌だと言う。「新しい歌は中々、覚えれなくて」と相川さん。みんなの拍手を受けて嬉しそうに目を細めた。

 「皆さん、この部屋に入ったと同時に世の中のしがらみも忘れ、子どものような気分になって歌って、笑うんです。夕方にはみんな憂さを晴らしたような明るい顔で帰ります」と相川さんは「歌と笑いは副作用のない薬だ」と強調した。