堤友彦のトーク&ライブ
友彦さんの歌、お母さんのトークに感動(6月27日・日)
大曲市日の出町のサンクエスト大曲で27日、全盲のキーボードミュージシャン・堤友彦のトーク&ライブ「笑顔の明日をつかもうよ」が開かれた。出演したのは友彦さん(26)とお母さんの恵子さん(50)。友彦さんは広島県府中市で生まれたが、1歳の時、2階の窓から転落、左の脳を失うという不幸に見舞われた。医師からは「しゃべれない。歩けない。明暗も分からない全盲。知能さえ分からない」と宣告された。しかし、お母さんの愛情と多くの人に支えられ保育所、小学校、中学校へと通い、音楽との出会いで歌うことの楽しさを知り、自分が歌って元気が出る歌は聞く人も元気になれるとお母さんと一緒にコンサート活動をするようになった。
今回はボランティアグループ「To・Be〜共に生きる会」を主宰する同市栄町の日本キリスト教団大曲教会の横井伸夫さんが会員の高橋伸子(しんこ)さん=日の出町=から堤さん親子のことを紹介され、「そうした親子なら大曲市の人たちにも会わせたい。希望を失っている人がいたら希望を与えたい」と会の事業として招待した。
キーボードを使って演奏するのは友彦さん。お母さんの恵子さんは演奏の合間のトークで友彦さんの生い立ちを紹介する。お母さんは「転落事故で治療を受けた医師からは左の脳のほとんどを失い、言語中枢も失ったため喋れない、見えない、右半身マヒになると言われた。それでも小さな命は一生懸命生きようとしていた」と語った。
視聴覚室は50人を超える聴衆でいっぱい。横井さんは「伸子さんから堤さん親子のことを紹介され、ぜひ大曲市にも来てもらいたいと思った。秋田県は苦しみや悲しみを内に秘め、思い詰めるのか、自殺率が全国一と言われている。友彦君の音楽、お母さんのトークを聴いてもらい生きる希望を与えてもらい元気をもらってほしい」と呼びかけた。演奏会は無料で開かれた。
恵子さんは「二重三重の重い障害を持った友彦でも音楽には反応することに気づいた」と語った。「カラスなぜ鳴くのの『七つの子』を歌ったら友彦が反応したのです」と話すと友彦さんはキーボードを叩いて「七つの子」を歌った。その歌声はとても明るく、伸びやかだった。
右半身マヒだったが保母さんや地域の人たちに支えられ保育所に入所。そして「全盲の子が地域の小学校に入学した例はない」と行政から反対されたが、多くの人の支援で小学校にも、中学校にも入学し、白い杖を手に通った。点字も6年生で50音が読めるようになり、県教委と交渉し代筆で高校受験の機会を与えられ3度の挑戦で府中高校へ入学。音声パソコンや音楽部、修学旅行でスキーにも挑戦した。
遊び相手は母から与えられたカセットとキーボードで、学校での音楽の時間、合唱団の練習にも参加、そして父親のギターに合わせても歌った。高校を卒業後は「楽器工房ムジカ」と言う会社で音楽療法の助手として勤め、お母さんと小学校や保育所、施設などを訪問しながらのトーク・コンサートを始めた。
今ではレパートリーは300曲を超える。「喋れないと言われた友彦でしたが、音楽に反応し、人との関わりで喋るようになった。でも友彦の幼いころは自分にとって休息も眠れる時間もなく、地獄のような日々だと思ったこともある」と恵子さん。そのお母さんが友彦さんと共に生きて「夢を失ってはいけない」と作詞した曲もある。「笑顔の明日をつかもうよ」「差し出すこの手のむこうには」「いつか絶対かなうんよ」などだ。その詞に曲を付けてくれたのはライブハウスのマスターだという。
友彦さんは歌う。「あきらめることなんかできないよ。君と僕の人生なんだから。いつか絶対にかなうんよ」と。歌い終わると聴衆に「どうでしょうか」と感想を求め、拍手を求める。お母さんが「ここまで成長するまで8回も脳の手術を受けてるんです」と話すと耳を傾けていた友彦さんは「切り刻まれたんだ」と冗談を交えて会場の人たちを和ませ、笑わせる。
そしてテレビドラマ「水戸黄門」の主題歌「人生楽あり、苦もあるさ」と名調子で歌うと会場からは大きな拍手が沸いた。堤さん親子のトーク&ライブを知って田沢湖町の劇団「わらび座」を退社後、同町神代で舞踊塾「万踊衆」を立ち上げて踊りの指導をしている菊池正平さんも駆けつけ踊りのパフォーマンスを披露した。
論創社から出版された堤恵子さんの「笑顔の明日をつかもうよ」の本もある。堤友彦さんの名刺には「どんな苦しみも悲しみもきっと意味がある。乗り越えられるよあなたがいれば」の言葉が添えられている。堤さんのホームページは下記へ。