7月13日告示=現職以外に動きなし
今野町長=道の駅、多目的集会施設、温泉など実績残して4選へ(6月30日・水)
任期満了(8月1日)に伴う神岡町の町長選は7月13日告示され、18日投・開票の日程となっている。4選目指して出馬する神岡町の今野正彬町長(66)はこのほど町役場で共同記者会見に応じ、「本当に今期限りで辞めるつもりだった。町役場職員として30年お世話になり、さらに町長として3期12年間も役場にいた。首長を長く継続することはマンネリ化し、町民の幸せになるかどうか悩んだ」と話した。一方で来年3月22日に大曲市と周辺7町村との合併を控えている。その道筋を付けておきながら辞めることは町を混乱させるだけとの指摘を受け2カ月間、熟慮した上で5月の臨時議会で出馬を表明した。素朴で純粋なほど町政に思いを寄せる人らしい苦悩が「辞めるつもりだった」の言葉ににじんでいた。
3期12年間でやり遂げた実績は数えきれない。町興し関係では1996年に総事業費約2億6000万円で道の駅「かみおか」をオープンさせ、同じ年に少年野球発祥の地として全国で初めての野球資料館を兼ねた多目的集会施設「嶽友館」を約8億5000万円で建設している。翌年には町民願望の温泉を掘りあて、11億1300万円の事業費をかけて宿泊も出来る「かみおか温泉『嶽の湯』」もオープンさせた。さらに野球の町ならではの「全県500歳野球大会」を3000人もの選手が集まる大規模なイベントへと育てた。そしてサッカー場、グランドゴルフ場、多目的広場を地方特定河川環境整備事業として03年度に約2億2000万円をかけて雄物川の「嶽見橋」右岸下流に整備した。
また神宮寺、北神の両小学校を改築、さらに西仙北町、南外村との一部事務組合事業で「嶽の湯」近くに約16億5000万円かけて特別養護老人ホーム「愛幸園」と在宅介護支援センターも建設。そして今年は約11億2000万円で待望の役場庁舎も新築した。庁舎建設調整基金として積み立てた7億1000万円を建設費に充てた。新しくなった庁舎は議場の床をフラットなものとし、市町村合併後は多目的な会議室として使えるようにし、議員控室なども将来は公民館として活用できるよう配慮した。
町内940ヘクタールのほ場整備も50%まで進んだ。92年から01年までの10年間で総額約49億円かけた簡易水道事業も終わった。集落排水事業も総額で約28億円の事業費を投じて06年までには終える予定だ。現在は公共下水道事業へと取りかかっている。また懸案でもあった神宮寺バイパスも06年度までには完成する。これで町のフレームはほぼ完成する。
少子高齢化対策としては幼・保育園一体の園舎を「愛幸園」のある中央公園に建設するほか、高齢者支援ハウスと町営住宅40戸の建設も計画している。こちらの方は合併後の大仙市の建設計画にも盛り込まれた。JR神宮寺駅も町独自の事業で改築することにし、合併後の事業として計画に入れた。
「十分ではないが3期12年間で公約したことはいろんな形でやることが出来た」と満足そうな笑顔を見せた。ただ商店街の活性化には悩んだと語った。それでも「道の駅」など町内4カ所にある直売所は年間2500万円の売り上げを出し、温泉も一カ月に1万5000人が入るなど黒字経営が続いており「商工業の活性化には貢献した」と自負する。
進められている市町村合併に関しては「妥協するところは妥協しないといけない。地域の均衡ある発展のためには譲り合いが必要だ」と話し、「職員には合併しても恥ずかしくない職員であってほしいと訓示している」とも語った。面倒みが良く、職員とも友だちのように接し、敵をつくらない人柄だ。4選されても任期は8カ月しかない。「4期12年間、何事もなかったのは運が良かっただけ」と苦笑いした。
神宮寺字下金葛の自宅では妻・義美さん(62)と娘夫婦の4人暮らし。学生時代は柔道、スキー、野球とスポーツは何でもやった。町長選には無所属で出馬する。
1959年3月、秋田短大卒。2年間、町役場臨時職員として勤務後、64年4月に職員採用。学校教育課長、社会教育課長、産業課長、総務課長などを経て92年6月に退職して町長選に初出馬。一騎討ちを勝ち取った。2期目、3期目は無投票当選だった。