フリースペース トウービー主催
登校拒否文化医療研究所の高橋所長の講演から(1)=3月2日・火=
大曲市のボランティアグループ「フリースペース トウービー(事務局・日本キリスト教団大曲教会)」主催の「子どもの自立を考える集い」が29日、同市の中央児童館で開かれた。講師で登校拒否文化医療研究所の高橋良臣所長は「思春期・青年期の人々への親や教師の関わり方」と題して講演した。登校拒否に悩む親やボランティアの方など15人が熱心に聴講した。2回にわたって概要を報告します。
次回は20日午後2時から同じ会場で開かれます。
【最近の思春期症候群】かつて登校拒否・不登校の子どもたちが示す様々な現象を思春期症候群と総称した人々がいました。緊張する、疲労する、朝起きない、夜寝ない、食事が不規則になる、着替えない、学習しない、人と会いにくい、腹痛がする、頭痛がする、微熱が出る、肩凝りがある、疎(うと)みがある、怯(おび)えがある‥‥などです。
その他に無気力や無意欲や強迫神経症のような状態や、摂食障害のような状態や、解離や乖離的な反応や、フラッシュバックなど神経症や精神反応のような現象もありました。それは今日も相変わらずあります。
◇その1=多くなった軽い神経症のような反応
子どもたちにとって最も恐れるのは、学校においての仲間はずしです。仲間外しとは次のようなことを指します。かげ口、無視、連絡網からの故意の外し(その子どもだけを飛ばして次の人に連絡する)、故意の約束違反、一人だけみんなとは違う情報を入れられたりすることなどが挙げられます。多くの子どもはこの仲間はずしに遭わないために、周囲の人々に対してかなり神経を使います。その背景には「人からは嫌われたくない」気持ちが強くあります。この場合の「人」とはクラスの子ども全てだったり、自分が知っている人たち全てであったりします。
人から嫌われたくない気持ちが強くなると、あらかじめ「臭い」といわれないように努力し、「汚い」とも言われないように努めます。そのために清潔にする最大限の努力を限りなくします。
手洗い強迫は長時間入浴や何回もの着替えをしてしまいます。タバコ臭い父親を極端に嫌ったり、男性や女性の性ホルモンによる体臭が気になりはじめて自己嫌悪感が強くなったり、相手の異性を嫌ったりします。あるいは汗の匂いを気にしてしまい、汗をかかないような努力をしてしまいます。
その予防として、嫌われたくない相手とは会わないように注意したり、消臭スプレーやオーデコロンを一度に大量に使うような気遣いもあります。この状態が高じてくると不潔恐怖症状態になっていきます。対人恐怖状態に近い子どもいます。これらのような子どもが増えているのです。
また自分には思い当たる節がないのに「わけもなく自分の方を見ている人がいる」と、自分の顔がおかしいのではないかと思い込みます。自分の「表情がおかしいのかもしれない」と考えてしまいます。実際には「見られているような気がする」だけなのですが「人から嫌われたくない」思いが強過ぎると、見るはずがない人の視線も気になってしまうのです。
そのために「誰から見られても恥ずかしくならないよう、きちんとお化粧するのです。化粧のために長時間費やします。外出する際の服装選びにも長時間をかけます。男子の場合には「髪の乱れ」が気になり、きちんとセットするために長時間使います。それらの準備のために、外出するころには疲れきってしまうような状態になっています。
いずれも強迫的な行動です。その背景には「嫌われ恐怖」が潜んでいます。神経症のような状態としては「強迫神経症」「恐怖神経症」「不安神経症」といった神経症の症状と類似の現象が見られます。
いずれの場合にも「人から嫌われたくない」願望が強過ぎるのです。それだけに学校集団での仲間外しは、過去に例を見なかったほどにまで悪質になっていて、数々の悲劇を引き起こしています。
◇その2=軽い神経症状態の子どもが増えたわけ
子ども社会の中での支え合いがなくなったことは大人社会の責任でもあるのですが、これは大きな原因の一つです。「学校での友だちって、いつ裏切るから分からない」状態なのです。悩みを相談するにしても、忙しそうな「親」には「当てにならない」のです。一方で先生を頼ると却って「変なことになる」場合が多かったことを子どもたちは知っています。したがって「どんな場合でも、自分一人だけが頼りなのです。子供同士の遊びはしていても、心は孤立しているのです。
子供が孤立していることを「自立」であると勘違いして、歓迎している大人もいますから、子供はますます孤立を強めていきます。孤立は、同世代から獲得できるはずの「同世代共同性」の欠如を産みます。もしかすると同世代共同性の欠如が「孤立」よりは先にあったのかもしれませんが、悪循環を引き起こしていることは確かです。
このことは登校拒否の子供たちが言う「みんなとはペースが合わなかった」ことと一致しています。そのことはさらに自分の状態を自覚しにくくしています。過去に積み重ねてきた自己の体験が圧迫されて、封印されたような状態に陥っている可能性もあります。
家庭生活や学校生活や友だちとの遊びのペースやリズムが合わないことで、子どもたちは違和感を感じます。違和感について、修正する力が無い子どもは誰かを頼りにして修正しなければなりません。しかし、頼りになる人がいない場合、自分自身で修正しなければならず、大きな負担になります。その大きな負担の連続が、心の重圧になる可能性はあります。
頼りにならず、相手は自分をいつ貶(おと)しめるか分からない人々となっているのです。緊張を余儀なくされることになります。緊張は疲労を産みます。
孤立、緊張、疲労、日常性の喪失、これに不眠が加わると完璧な神経症に到る根源的な要因です。多くの子どもたちがこのような環境や関係の中で生活しているのです。誰もが登校拒否状態、思春期症候群に陥る可能性がある状態です。
◇その3=準備ができない子ども
登校拒否の子どもたちは支度や準備に取りかかる時、かなり手間取り、もたつきます。これは登校拒否の子どもだけではなく、元気に登校している子どもにも似たような状態があります。たとえば電車から降りる時、ボーッとしていて下車駅がきても気がつかず、そろそろお電車が発車する頃に慌てて下車する若者が多くなりました。お弁当に箸を入れ忘れたり、ハンカチやティッシュペーパーを忘れる子どもはかなり多くいます。注意欠陥的です。入学試験が迫っていても準備ができない子ども、誰と何時から何時まで遊び、次には何をするという予定の組み立てができない子ども。いわば予定調整ができない子どもたちです。
予定調整能力などは生活体験の中で、自分とかかわる自己対象(親や教師ら)から支えられたり誉められることで形成されるはずです。仮に計画を立てたり、予定を立てると幼いころは現実を無視した計画や予定を組みがちです。しかし、成長と共に現実に即した予定調整ができるようになっていきます。この予定調整が、成長しても親や教師の支配の下で行われていたら、子どもの調整能力は機能不全を起こします。気が利き過ぎて、手回しが良過ぎる親や教師が「親切のつもり」で「大きなお世話」を焼いている場合にもこのようになりやすいのです。
◇その4=注意欠陥的な状態
登校拒否・不登校の子どもたちの多くは、いつも失敗を恐れて用心深い割には不注意な一面があります。ほとんどの場合が「観ていない」「聴いてない」状態ですから、見当違いなことをしでかします。「正しいことをしたい」という強い願望とは裏腹な状態にあります。周囲の人々や現実に起こっている出来事にまつわる不安が強くて、注意力が散漫になる場合もあります。登校拒否になる前には注意欠陥的ではなかったという子どもも多く、これらも登校拒否状態により引き起こされる反応の可能性を伺わせます。
登校拒否の子どもたちの多くは「ほとんどの役割や仕事を一人でやってきた」過去を持っています。うまくできても誉めてくれる人がいない状態なのに、頑張ってやってきたようです。「自分で自分を誉めてきた」子どももいるほどです。マラソンの有森裕子が「自分で自分を誉めたい」と言いましたが、これは空しいことだとも言えます。登校拒否の子どもたちは「本当は誉めてくれる人がいればもっと張り合いがあった」と言います。そのような状態が続くと「もっと丁寧にやろうとか、もっとうまくやろうと言う気がしなくなってきた」と言います。年齢が多くなればなるほど複雑な課題の克服が、周囲から要求され期待されます。ところが、そのころになると「集中力をもって、よりうまくやろう」という気持ちが起きなくなってしまったというのです。より複雑な要求には、より複雑な注意が必要になるのですが、そのような状態にはなりにくくなっていたのです。「何をしても誉めてくれる相手がいないから空しくなる」予感があって、できにくくなっていたようです。多くの場合、多動性があって、注意が欠陥している状態なのです。が、登校拒否の子どもたちの状態は動きが少なく、その上で注意欠陥的なのです。体験不足を指摘する人もいますが、むしろ関わる相手の不在が問題ではないかと思われる節があります。誰でも「誉めてくれる相手がいたら、嬉しくなってよりうまくやろうという気持ちになる」ものです。自分がせっかくうまくやったことでも「これはうまく出来たぞ」という実感が生まれてこなくては次にやる時、不注意なやり方になる場合もあり得るのです。
◇その5=摂食異常‥‥食生活の軽視
登校拒否の子どもの食生活はかなり杜撰(ずさん)です。食べ過ぎたり、食べなさ過ぎたりという食生活をします。身体的な欲求とか、生理的な欲求よりは、気分的な変調で食生活が影響されています。その影響で、登校拒否の子どもたちの食生活にはひどい偏食があります。こだわりになっているほどの偏食です。そのことで生理的に「低体温」「低血圧」「貧血」「低血糖」状態が引き起こされている可能性があります。
心理学の世界ではあまり重視されませんが、人間が生き生きと生活を営むためには「有酸素運動」ができなければなりません。「食べない」「動かない」という生活では「有酸素運動」の機能は低下します。早い話が老化現象をすでに思春期に引き起こすことになります。人間は哺乳類なのに両生類や爬虫類のような変温動物的な状態になってしまうのです。寒くて動けなかったり、昼間でもウトウトと眠っていたりして「いい歳をした若い者が、何もしない」ことになるのです。おじいさん、おばあさんがガミガミ言いたくなる状態に陥るのです。
食生活が杜撰になる背景としては「外見ばかりを気にする」習慣があります。見栄(みえ)だけを気にして、自分の心身の成長は後回しなのです。総合的に健全な人間成長についての教育を受けていないのです。一日に3回に分けて食べる意味とか、栄養のバランスとか、良く?んで食べるとか、家族と共に摂食する大切さなど教えられないのです。
登校拒否の子どもではなくても、今時、簡単に摂食障害のような状態に陥ります。「イライラしたからヤケ食いをしたり」り「標準体重になってしまったからこれ以上、太らないように動物性蛋白と脂肪は取らないことにした」り「やっと思う通りにやせてきたからこのまま頑張ってもう少しやせたい」といった具合に、健康とは無関係のところで食事の不摂生をしています。そのことで子どもの成長期の身体は、成長が停滞するだけならまだしも、体力の弱体化が進んでしまうのです。
かつて登校拒否の子どもの生理的な調査をした時、CT検査で脳内の脂質が減少し、脳の萎縮が始まり、空間が大きくなっていたケースがありました。かなりひどい摂食障害があった子どもです。
健全に活動できるだけの体力が思春期の子どもには必要です。そのために家族などで食事を共にし、楽しい食卓でのかかわりが大切にされることを望みます。子どもとかかわる対象(相手)が大切なのです。食べさせることは攻撃にもつながりやすいから、食生活の改善には細心の注意が必要です。一緒に食べて「これおいしいね」という共感が必要なのです。
◇その6=自律性の未成熟
登校拒否の子どもたちの心身の自律性はかなり不安定です。生活習慣が身に付かないという程度ではすまされないほどひどい場合があります。子どもが「どんなに頑張っても、朝、起きられない」状態がそれです。「一生懸命に眠ろうとしても眠れない」のも同様です。果ては「暑い」「寒い」の感覚が他の人々とはずれている場合もあります。味覚も聴覚も皮膚感覚も同様です。これらの五感は成長と共に共同生活を共に送っている人々と共通してくる傾向があります。ところが登校拒否の子どもたちの多くは、共同生活意識が薄いようで、なかなか共通感覚が獲得できないのです。共同生活感覚が薄いということは、関係性が希薄であるということです。言い換えれば、登校拒否の子どもにとっては共同体は自分とは感覚が異なるストレスの元になってしまうのです。
そのストレスから様々な神経症のような状態が生まれてきます。漠然とした不安、注意力の萎縮、見込みを立てられなくなる状態、絶望、過激すぎる活動、対人関係からの撤退などの反応が起こります。これは適応障害にもつながります。ひどい場合には閉じ篭もり状態にもなりえます。
自律性は親に育てられていた状態から成長し始めます。最初は多分、親の自律性が乳幼児の自律性とほとんど一致していたでしょう。やがて親と自分は別人であるという自他の区別が確認でき、自分の自律の成長が始まるはずです。自律性の成長は一人でできることではありません。同世代集団との生活を通して、かかわる相手がいて実現することです。自分がどれほどの感覚の持ち主か、自律性がどれほど確かかを知るためには、自分に対して対象となる相手(自己対象)が必要です。
一人きりにしていたり、テレビやゲーム、マンガだけを相手にしていたのでは自律性の成長は望めません。もちろんこれから述べる予定の自立も困難になってしまう可能性があります。
登校拒否文化医療研究所のホームページは下記へ。