回想 シベリア抑留記

南外村の伊藤さん

悲惨な戦争、抑留体験を本にまとめる(5月13日・木)

 シベリア抑留記を出版した伊藤さん南外村字下湯ノ又、伊藤四郎左衛門さん(82)はこのほど「回想 シベリア抑留記」を出版した。伊藤さんは昨年8月には「東満における戦塵録と抑留体験 回想‥‥満州シベリアに眠る戦友に捧ぐ」を出版している。

 伊藤さんは21歳の時の昭和17年(1942年)1月10日、現役兵として千葉県市川市国府台東部73部隊(野戦重砲兵)に入営。訓練を受けた後、同年4月10日、零下40度の極寒の地、満州(現・中国)東北部の日ソ国境牡丹江省へと派兵された。そして敗戦による旧ソ連への抑留体験を含め、7年の歳月を零下40度の極寒の地で飢えと寒さに苦しみ、着の身着のままの極限状態で奇跡の生還を果たした。

 今回は「昭和20年(1945年)8月30日、武装解除後、東京ダモイ(帰れる)と言ってシベリアに連行され各地の収容所に入れられ森林伐採、炭鉱、鉄道施設の建設など強制労働に酷使され、飢えと病気で幾10万人もの日本人が帰ることなく、シベリアの凍土に死んでいった同胞。戦後57年の今日、記憶も大分、薄らいできたが犠牲者の冥福を祈らずにはいられない心境で筆を走らせた」と語る。

 抑留記はA5サイズで62ページ。▽抑留、60万人の4年間▽ソ連参戦記録▽日本人墓地、それに伊藤さんが抑留された収容所の病院で一人の日本人患者とソ連軍女医との間で生まれた国境を越えた恋愛のエピソードなどを紹介している。後半の「つれずれ随想」では満蒙開拓団として渡満した山形県出身のご婦人から聴いた悲惨な抑留体験談が強い印象を与える。

 伊藤さんは「もう今の若い人たちには『抑留』という言葉も通じなくなった。山形県の 大原アキ子さんの話は戦後、間もなく本人とお会いし、涙ながらに語ったのを書いたものだが、戦争というものは銃を持って戦うものにとっても銃を持たないものにとっても残酷なものだ」と語る。抑留記は東京の出版社に勤務している息子さんの支援で350部印刷して発行。北海道から大阪、岩手県に在住する戦友、それに村役場や図書館などにも配布した。問い合わせは伊藤さんへ(0187─74─2668)。