世界のクロサワを語る文庫コーナー
映画「八月の狂詩曲」など貴重なプログラムも(12月15日・木)
大仙市中仙市民会館「ドンパル」の学習情報室に「黒沢明文庫」がある。「羅生門」や「七人の侍」など数々の優れた作品を残し、1998年9月6日、88歳でこの世を去った映画監督の黒沢氏。巨匠、鬼才、そして〃世界のクロサワ〃とも呼ばれ、国民栄誉賞にも輝いた。文庫は東京在住で、黒沢監督の熱烈なファンが収集したものだが、監督の父が旧中仙町豊川出身だったと知って寄贈されたもの。「八月の狂詩曲」「夢」「乱」などのプログラムや黒沢監督をモデルにした写真集、そしてキネマ旬報など監督にまつわる貴重な資料がいっぱい。原則的に貸し出しはしてないが、足を運んでみる価値は充分にある。
黒沢氏は東京生まれだが、陸軍の教官だった父は豊川出身。その関係で黒沢監督は少年時代に何度か豊川を訪れている。映画「夢」の中の第1話「日照り雨」と第2話「桃畑」にその時のイメージが生かされているという。
旧中仙町では黒沢映画で町おこしを図ろうと1992年2月、2日間にわたって農村環境改善センターで「黒沢明映画祭」を開催。名作「七人の侍」や「悪い奴ほどよく眠る」を上映し、黒沢プロダクション取締役の井上芳男氏が「黒沢作品余話」と題して講演するなど大きな話題となった。
この映画祭を切っ掛けに全国から黒沢プロに同様の催し物の開催依頼が殺到。このため黒沢プロから「一つの町にだけ協力するわけにはいかない」となって残念ながら2回目以降は中止になった。
黒沢氏に関係する資料が送られてきたのはその映画祭を聞きつけた東京のファンから。「マンションに移り住むことになって、資料を保存する場がない。監督のお父さんが中仙町豊川出身なら、自分が集めた資料を寄贈したいので受け取ってほしい」と段ボール箱にいっぱい詰められて送られてきた。
週刊誌も含め、本だけで2000冊もあった。町ではしばらく豊川公民館に保存し、一部を展示していた。しかし、03年4月、町民会館「ドンパル」がオープン。その一角には学習情報室もあり、黒沢監督に関する資料はその会館に移し、「黒沢文庫」として設けた。
展示しているのは黒沢映画のプログラムや監督が表紙を飾ったキネマ旬報、「東宝映画ポスターギャラリー」、そして「黒沢明その作品研究」などの本や映画の資料。このほか内田百聞、山本周五郎の小説、さらには昭和史、随筆、歌舞伎名作品、仏教、キリスト教の類まで多種多様。
「黒沢監督に関するものであればありとあらゆるものを集めたようです」とドンパルの秋山功館長。1973年11月発行のキネマ旬報増刊「日本映画作品全集」、79年10月発行の「日本映画俳優全集 男優編」、86年12月発行の「日本映画俳優全集 女優編」などを手にすると時間を忘れる。
しかも黒沢監督作品のプログラムや資料を目にすると「生きる」で感動的な演技をした志村喬、「七人の侍」や「天国と地獄」「赤ひげ」で躍動的な演技を見せた三船敏郎の活躍などが走馬灯のように浮かび上がって来る。ドンパルの黒沢文庫は巨匠・黒沢監督の映像をよみがえらせてくれる貴重な空間だ。