元助役の石黒氏が出馬表明
田沢湖町、西木村との合併推進を訴える(2月23日・水)
田沢湖町、西木村との合併協議会からの離脱で町長が辞任し、3月8日告示、13日投開票が行われることになった角館町の町長選に元同町助役で会社員・石黒直次氏(64)=表町下丁1=が出馬を表明し、23日、自宅で本紙と会見した。石黒氏は「当選させていただけたら田沢湖、西木ともう一度、誠意を持って話し合い、合併特例債適用期限内の3月末までに合併申請が出来るようたどれつければベストだ」などと述べ、両町村との合併推進の立場から出馬する考えを示した。一方で任期を残したまま21日付で町長を辞職した太田芳文氏(57)=田町上丁18=は「単独立町を掲げて町民の信を問う」として出馬を表明しており、石黒氏との一騎討ちの構図が固まった。
石黒氏は前町長の太田氏が合併協からの離脱を表明したことについて「当事者としては大変だったと思う。しかし、田沢湖と西木、角館とは昔から持ちつ持たれつの関係であり、信頼関係が崩れたとして角館町だけが自立し、単独でやっていけるかとなると無理な話だ」と述べた。その上で「無競争であれば今まで前町長が進めてきたやり方が引き継がれることになるわけで、角館町がこの地域で孤立してしまう」と出馬理由を話した。
また角館町という町名に関しては「3町村の合併協議で新市名は『仙北市』、当面の事業所は田沢湖町役場ということは紆余曲折はあったものの角館町も含めて合意してきたこと。だからそこがスタートだと言われればそれで受けざるを得ない。角館町という町名へは私を含め、町民も思いは強いが、2年数カ月かけて決めたことは尊重しなければいけない」と答えた。
最終的に出馬を決意したのは22日夕だったという。合併賛成派の町議や自立に不安を抱く町民らから出馬を進められての決意だったと言う。
石黒氏は1940年4月18日生まれ。角館高校を経て65年、東北大学院工学研究科修士課程を修了。神戸製鋼所、横手精工の工場長在職後、94年4月から同町助役を1期4年間務めた。佐竹北家の家臣・石黒家12代目当主。現在は公開中の石黒家を管理している「ひいらぎ企画」社員。