子どもの自立を考える集い

フリースペース To Be主催

登校拒否文化医療研究所の高橋所長の論文から(2)=6月25日・土=

  フリースペースTo Be(代表・日本キリスト教団大曲教会の横井伸夫さん)主催の「子どもの自立を考える集い」で講師を努めている登校拒否文化医療研究所の高橋良臣所長から本紙に「思春期のころの親子関係づくり」と題した論文が送られてきた。高橋さんは内閣府青少年問題相談機関の一員。昭和47年から登校拒否・不登校の子どもたちと共同生活をしている。心の相談室、フリースクール「好文堂教室」、生活体験学園「大須学園」を運営している。全国各地の不登校・引きこもりの親の会にも協力している。以下、その論文を2回にわたって掲載する。今回は2回目です。

【親子関係で子供は何を心に形成したら良いか】

  多くの親たちは子供の成長に合わせた「しつけ」をします。しつけが行き過ぎると「嫌がらせ」になることはこれまでも述べてきました。思春期の親子関係で、かかわりの変化がうまくいかないと、子供の社会参加に歪みが生じやすことも述べました。それで子供は親子関係で何を形成したら良いのかをこれから述べます。

  初めは自分の欲望の生産です。生まれてきて障害や異常がない子供の全てに欲求はあります。これは生理的なものです。生理的な欲求は親子関係という生活体験を通して、感情ができます。その感情の中に欲望という形で「やりたいことやほしいもの」ができます。欲望に関して社会性の調和を親子関係で作っていくことができれば問題はありません。

  次が対人関係です。自分の子供が他者とのかかわりをうまくできるように親は腐心してきたはずです。その練習として親子関係という生活体験では、役割分担や責任分担の折り合いのつけかた(交渉力)も練習してきたはずです。前記の自己欲望の達成(自己実現)と、相手とのかかわりにおける協調や妥協ができるようになることは成長課題としては必要不可欠です。相手との協調がうまくいかなければ、大きな葛藤が起こります。

  この二つは普通、「自己実現」とか「対人関係」という言葉で表されます。欲望の葛藤や緊張関係を解決していく生活が必要になります。

1.自己の欲望が生まれるか……自己実現の内容が見つけられない

  「何もやりたいことがない」人や「何をしたら良いのか分からない」人が急激に増えてます。「何かやりたいことはないの?」と聞いても答えは「別にィ」なのです。「今まで、どんなことをしてきたの?」「いろいろなこと……」「それで楽しかったことや、またやってみたいことはないの?」「特にない……かな……?」という他人事のような返答があります。

  おそらく、親たちから「これは良いことだからやってみなさい」といわれてやってきたことが多かった子供たちではないかと思われます。

  子供の方から「これをしてみたい」「これがほしい」といった場合、何のコミュニケーションもなく「すぐに手に入った(手に入れた)」子供たちは、特別な感激や嬉しさもなく(あったとしてもホンの一時的な場合が多い)、何気なく過ごしてきたようです。親子での感情交流はあまり感じられないままに、生活を重ねてきています。

  別の場合には、子供の欲望に対して親たちがいつも否定的で拒否的で批判的だった形跡もうかがえます。「そんなものを欲しがる前にもっとやることがあるだろう」「そんなことをやっている暇があるのかッ!」「くだらない遊びはやめて勉強しなさい」など、子供の欲望が否定され続け、その上で子供が抵抗できない状況を作ると、子供の欲望は成長しなくなります。親が子供に命令・支配し過ぎている場合、親子間の感情交流は一方的に親から子供へ向けての攻撃で終わります。

  さらに、子供が望む年齢相応の欲望以上のものを与え続ける親も最近はいます。「そんな玩具みたいなもではなく、本物にしなさい」。子供には、本物に触れさせることで立派(上等)な感性が育つと思い込んでいる親です。子供の受容性や感受性は、その年齢にふさわしい程度のものにより、基礎ができるという現実を無視しています。

  これらの3タイプはいずれもa.子供の欲望とは無関係に与え続けている場合と、b.子供の欲望が全て拒否や否定や批判の対象にされている場合と、c.コミュニケーション抜きに親の主観で決定されている場合に区別されます。

  いずれの場合にも親子関係はコミュニケーション不全状態にあり、子供の欲望が生まれて来ないことはもちろん、後の対人関係の形成不全を起こしやすい要因になります。

  子供の自己実現が、親子関係という他者関係の一歩手前で、打ち消されています。多くの場合、親が「これは自分の子供」という所有意識が強く、持ち物、所有物扱いをしています。子供が人間であるから抱く、人間としての感情(欲望)はその時の相手(親)により否定されます。

2.相手とのかかわりの混乱……自己実現へ向けて

  生活の中で自己実現をするためには、周囲にいる人々とのかかわりが重要な影響を与えます。子供が未成熟な場合には、親は多くの援助をその子供に不足している部分に注ぎます。援助を受けた場合、子供にとって喜ばしい自己実現が起こると、子供は援助者に尊敬の念や愛を感じます。同様に思春期に至り、親以外の援助者や、かかわる相手ができた場合、愛の気持ちが生まれます。かかわった相手からも認められ(誉められ)、自己肯定感ができます。

  しかし、同世代の子供同士の日常生活の中での利害関係は、このように調子よくは事が運ばない場合も結構あります。相手の自己実現のための欲望と、自分の自己実現のための欲望とがぶつかる場合が多々あります。

  そこで必要なのは、親子間でも行ってきたコミュニケーションのやり取りです。自分の欲望と相手の欲望が葛藤を起こす時、嫌な関係を回避するために、そこから逃げ出すだけでは、自己実現へ向けて、相手との交渉機会を失います。親から一方的に、与えられ続けてきた子供の場合には、そのようになりやすいです。相手には何もいわずに引き下がってしまいます。様々な配慮から生まれる遠慮とはかなりわけが違います。

  このような問題は現実の生活には常につきまといます。我々が「生きる」時にはこの問題や葛藤を抜きには通過できません。したがって、親子関係では多少の困難や葛藤には向き合いながら、親の妥協点の幅の広さ、子供の満足感の柔軟性などに努める必要があります。

  子供が見る親の妥協点の幅や、子供が感じる満足感の柔軟性などが、その世代の共同性につながっていきます。共同性の獲得は、その子供が同世代集団にかかわるためには必要不可欠な要因となります。

  親は子供に対して予定調整してはいけません。子供にはこのようにさせたいから、親としてはこうする……式の下心を持った予定調整です。

  子供がどうしたいのかを理解するコミュニケーションから始めて下さい。子供が「分からない」という時には、その「分からない」気持ちにしばらく付き合う必要があります。子供は夢や幻のようなことをいう時でさえ、その気持ちに付き合う必要があります。子供は夢や幻や遊びを通して、確実に現実の世界に自己実現の欲望を獲得していきます。あれこれと無駄口を叩いているうちに、子供は自己欲望を発見していきます。あとは自己実現できるように、子供がそこそこ満足する程度の支援を心がけて下さい。渦中にある親には「そこそこ」の程度が分からずに混乱します。完璧とか完全な支援は必要ありません。子供ができる分は残して下さい。

登校拒否文化医学研究所のホームページは下記から。

http://www.asahi-net.or.jp/~pr8y-tkhs/index.htm